大前研一メソッド 2018年11月16日

憲法改正議論の前進を目指す自民党が臨時国会で“地ならし”



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

憲法改正議論の前進を目指す自民党の地ならしが臨時国会で行われています。

朝日新聞によると、臨時国会で自民党が想定するスケジュールは以下のようになっています。

11月15日:衆院 憲法審査会幹事を選任
11月22日:衆院 与党などによる国民投票法改正案を可決
11月28日:参院 国民投票法改正案の審議入り
11月29日:衆院 CM規制を柱とする国民民主党の国民投票改正案を審議
12月05日:参院 与党などによる国民投票法改正案を可決
12月06日:衆院 自衛隊明記案を含む「改憲4項目」を自民党が提示
12月10日:臨時国会の会期末

果たして憲法は改正されるのでしょうか。大前研一学長に聞きます。

3選を果たした安倍首相は憲法改正に強い意欲

「戦後日本外交の総決算を行いながら、平和で安定した日本を確固たるものとしていく。さらには、いよいよ憲法改正に取り組んでいきたいと考えている」

9月の自民党総裁選で3選を果たした安倍首相はこう語って憲法改正に強い意欲を示した。

アベノミクスの「3本の矢」に始まり、「新3本の矢」「女性活躍」「地方創生」「一億総活躍社会」「働き方改革」「人づくり革命」など、第2次安倍政権の6年間で繰り出されたスローガンは数知れない。しかしながら、実現したものは何一つとしてない。

幼少のみぎりから安倍首相が本当にやりたかったのは「憲法改正」であり、他は一過性の標語に過ぎないのだ。

では安倍政治の本丸、総決算とも言える「憲法改正」は、あと3年の首相任期中になしうるのか。上手くいかないだろうと私は思っている。

安倍首相は今秋の臨時国会に自民党の改憲案を提出して、改憲案の発議を実現したいという。改憲案の国会提出というのは、通常の法案提出とは違っていて、衆議院で100人、参議院で50人の賛同が必要になる。これは自民党単独でも十分にできるであろう。

憲法改正の手順は以下のとおりである。

国会提出された改憲案はまず衆参両院の憲法審査会で審議される。両院とも過半数の賛成で可決されれば、本会議に提出される。さらに衆参の本会議でそれぞれ3分の2以上の賛成が得られれば可決、国会が憲法改正を発議して国民投票にかけられる。国民投票で過半数が賛成すれば憲法改正が成立する。

自民党改憲案は9条に「自衛隊を明記したい」という安倍首相の意向反映

「衆参本会議で3分の2以上の賛成」という発議条件は相当ハードルが高い。しかし「自主憲法制定」が党是の自民党に在籍する以上、自民党議員の多くは賛成せざるを得ないし、安倍首相に忠誠心を示さなければ「次の選挙で自民党公認を外されるかもしれない」という恐怖もある。公明党を騙くらかして国民投票に持ち込む可能性はなくはないと思う。

しかし国民投票にかければ国民的議論が巻き起こって、否決される可能性が高い。各種世論調査を見ていると改憲の是非について世論は割れているが、「安倍政権下の憲法改正」には抵抗感が強い。

※資料:憲法改正、反対9ポイント増 慎重論強まる(最終アクセス:2018/11/16)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37046920Y8A021C1PE8000/

国民投票は国会発議後、60~180日以内に実施される。その間、国会やメディアで国民的議論がなされて、改憲案は揉まれることになる。

自民党の改憲案は「9条に自衛隊を明記したい」という安倍首相の意向が色濃く反映されたものになるだろうが、その内容、本質が厳しく問われることになるのだ。

その際、これまでの自衛隊の海外派遣の実績と自衛隊が参加していない世界の海外派兵の事例を重ね合わせて整理するといい。

たとえばドイツはNATOの一員として派兵するようになり、米国が始めたアフガニスタン紛争では多数の兵士の命を失っている。「自民党の改憲案では、ドイツのようにアフガニスタン紛争に派兵するのか」と迫ったら自民党はどう答えるのか。あるいは“紛失”した自衛隊の日報に「戦闘」と書かれていた南スーダンPKO。明らかに紛争地域に自衛隊を派遣したにもかかわらず、政府はとぼけて安保法制の実績にした。新しい9条の下でも南スーダンに自衛隊は派兵するつもりなのか。

上で述べたアフガニスタン紛争に対するドイツの派兵のような、世界の軍隊の海外派兵の事例を一つひとつ丁寧にとりあげて「これまでの日本国憲法の下とではどのように自衛隊の役割は変化するのか説明しろ」と野党やマスコミが攻め立てたら、改憲勢力はとても持たないだろう。

自衛隊の役割が憲法改正後も「従来と変わらない」というなら「改憲の必要なし」ということになる。自衛隊の役割が変化する=海外派兵に密接に関わることになるというなら「9条改悪」の印象が強くなる。どちらにしても、安倍政権下での国民投票は通らない運命にある――と見る。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。