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大前研一メソッド 2018/11/30

「ムハンマド皇太子が殺害指示」もトランプ大統領はサウジ擁護



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

トルコのイスタンブールにあるサウジアラビアの総領事館でサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が殺害された事件。真相が明らかになるにつれて、サウジ、トルコ、米国という関係国の政治的な思惑や利害関係が炙り出されてきました。

米紙ワシントンポストは、「米中央情報局(CIA)がサウジ政府の実質的な最高権力者、ムハンマド皇太子が殺害を指示したと結論付けた」と既に報道しました。トランプ米大統領は「皇太子が何か知っている可能性はあり得る。彼がやったかもしれないし、やっていないかもしれない。誰も真相は分からない」と釈明し、同盟関係を制裁よりも優先する考えを強調しました。

▼資料:トランプ大統領 「重要パートナー」サウジに追加制裁せず(最終アクセス:2018/11/30)
https://mainichi.jp/articles/20181121/k00/00e/030/221000c

トランプ大統領はムハンマド皇太子をなぜ擁護するのか?大前研一学長に聞きます。

「アラブの穏健派」サウジの闇をトルコが突く

今後、ムハンマド皇太子の関与や責任がどこまで明らかになるのかは不明だ。当人が強権支配するサウジで真相解明が進むとは到底思えない。しかし、今回の事件は「改革の旗手」と言われ次期国王の呼び声高い皇太子の仮面をひん剥いて、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と何ら変わらない非道な独裁者の顔を世に知らしめた。33歳という年齢も金委員長と同じだ(金委員長の年齢は非公表のため推定)。

サウジと言えば、豊かな石油資源のおかげで「アラブの穏健派」というイメージがある。しかしロシアのアフガニスタン侵攻に対抗するためにウサマ・ビンラディらを援助してアルカイダを作らせたり、周辺国の反政府組織を裏で支援して、IS (イスラム国)に育てあげたりしたのは、シーア派の拡大を嫌うスンニ派の盟主サウジなのだ。そうした「サウジの闇」の一端が垣間見えた事件でもある。

一方で、事件の真相解明に熱心なのがトルコだ。エルドアン大統領は「殺害はサウジ政府の最高レベルからの命令だ」と断じたうえで、決定的な証拠となる音声データを米独英仏の5か国に配ったと語っている。“決定的”な音声データが存在するということは、現場の総領事館を盗聴していた可能性が高いわけで、トルコも相当な食わせ物だ。しかも、エルドアン大統領と言えば、ある意味でムハンマド皇太子以上の独裁者であり、国内では人権や表現の自由を散々に踏みにじってきた。そんな指導者が「正義を追求し、すべての真実を明らかにする」と宣言しても、額面通りには受け取れない。

また、エルドアン大統領は、米国在住のイスラム教指導者ギュレン師を16年に起きたクーデター未遂事件の黒幕と断定して、米国政府に引き渡しを求めてきた。人質代わりに米国からトルコに移住して布教活動していたキリスト教福音派の牧師をギュレン師との関係を理由に監禁したのだ。

このために米国とトルコの関係が悪化し、トランプ政権はトルコに対する輸入制限を強化していた。しかし、先般、トルコ政府はこの牧師を一方的に解放した。トランプ支持層にはキリスト教福音派が多く、牧師の解放は中間選挙への影響が大きい。

トランプ大統領としてはトルコとの関係改善を模索していたタイミングで、今回のカショギ氏殺害事件が起きたのだ。

サウジ、トルコ、米国――関係国の政治的な思惑や利害関係が絡み合う

サウジとトランプ政権、ムハンマド皇太子とトランプファミリー、特に娘婿のジャレッド・クシュナー氏との関係は非常に深い。恐らく、トルコは事件の全容をつかんでいるが、すべてを公表するとトランプ政権がダメージを被る恐れがある。

そこでトルコのエルドアン大統領とトランプ大統領の間で「ディール」が行われて、「ここまでは言わざるを得ない。そこから先は伏せておくから、代わりに輸入制限を緩めてくれ」というような交渉が二人の間にあったと私は推測している。

「すべての真実を明らかにする」と高らかに宣言しておきながら、エルドアン大統領は「ムハンマド皇太子」の名前を決して口にしていない。それはサウジとの決定的な対立を避けたり、あるいは経済援助を引き出したりするための駆け引きなのかもしれない。米国に対する“配慮”も多分にあると思われる。

今回の事件の登場人物は不正直者ばかりだが、ある意味で一番の正直者はトランプ大統領である。トランプ大統領は「喧嘩の殴り合いで死亡した」というサウジの言い分を一時「信用できる」とした。さらに、サウジとの武器取引に言及して、「仮に何らかの形でサウジに制裁を科すにしても、60万人の雇用に相当する1100億ドルの規模の仕事をキャンセルすることがないように望む」と言い切った。

米国という国は一貫して自由と平等、民主主義の素晴らしさを世界に説き、自らの価値観としてこれを世界に輸出してきた。非人道的な国や非民主的な国に制裁を加えてきたのだ。

ところがトランプ大統領は「60万人の雇用がかかっているから、サウジへの制裁は慎重に」と言ってのけた。つまり、「地獄の沙汰も金次第」というわけで、この発言で理念国家米国の存在は完全に吹き飛んでしまった。

心の中で「サウジへの制裁は慎重にしよう」と思うのは構わない。しかし「雇用の問題があるから」とか「武器を買ってくれるから」とあからさまに口にするのは、正直不正直を超えて、米国の指導者としての適格条件を欠くと言わざるをえない。

「米国の雇用や軍事産業にマイナスに作用する」として、トランプ大統領はサウジへの制裁に慎重である。

しかし、トランプ大統領の上記の理由は表向きなものでしかない。サウジへの制裁に乗り気でない本質的な理由は、トランプ大統領が口にしないトランプファミリーとサウジの蜜月関係にあると見るのが正解なのだ。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。