大前研一メソッド 2019年2月15日

「黄色いベスト運動」「BREXIT」「メキシコ国境の壁」に共通点?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

フランスでは人目を引く黄色いベストを纏った人々が各地で政府への抗議活動を開始、メディアの注目が集まるとともに、参加者が増加して、瞬く間にフランス全土に広がって常態化しています。「黄色いベスト運動」です。英国ではBREXITの期限が迫っています。米国では、メキシコとの国境に壁を造る問題と、中国製品に関税をかける問題で揺れています。

表面的にはバラバラの動きに見えるフランスと英国と米国のこうした動きはすべてある共通の問題が根っこでつながっていると大前研一学長は看破します。一体何が共通の問題なのでしょうか。大前学長の見解をみてみましょう。

「バスティーユ監獄の襲撃」をイメージさせる黄色いベスト運動

フランス革命を誘発したバスティーユ監獄の襲撃のように、民衆の怒りが爆発する形で、同時多発的に抗議活動が始まった。

フランスで人々が何に抗議しているのかと言えば、きっかけは政府が燃料税の引き上げを発表したことだ。燃料税引き上げに対する抗議から始まった黄色いベスト運動は「金持ち優遇反対」「最低賃金引き上げ」などへと主張を広げている。

黄色いベスト運動は反政府デモに発展することやEU各国への本格的な波及が懸念されている。

黄色いベスト運動は参加者に思想的な共通点や組織的なつながりはない。共通点があるとすれば、低所得者層であること。運動の主体となっているのは「ワーキング・プア」と呼ばれる人々なのだ。

ワーキング・プアの定義は定まっているわけではないが、フランス辺りでは、収入が平均所得の60%に満たない人たちを指す。社会構造が二極化して、富裕層が増える一方で、ワーキング・プアも増えている。先進国に共通する現象だ。そして、各国でワーキング・プアの政治的影響力が強まっている。

地方から始まった黄色いベスト運動もEU議会の議員を立候補させようとしている。黄色いベスト運動はいずれ政党化されて、中央の政治勢力になっていく可能性が大きい。

「移民や難民があなたたちの雇用を奪っている」と煽られBREXIT

英国のBREXIT(EU離脱)も国内で増加しているワーキングプアの問題と無関係ではない。

今、英国の失業率は史上最低の4%台。人手が足りないために欧州大陸から250万人が出稼ぎに来ているほどだ。

逆に英国から欧州大陸に渡って働く人も150万人いる。このアンバランスな状況を逆手にとって、ボリス・ジョンソン前外相のような離脱派のポピュリストから「移民や難民があなたたちの雇用を奪っている」と煽られれば、苦しい生活をしている人たちは「そうだ、そうだ」とBREXITに賛同したくなる。そうやって英国は国民投票でBREXITを決定した。

聞き心地の良い「嘘」でワーキング・プアを煽るトランプ米大統領

米国のトランプ現象もワーキング・プアが深く関わっている。トランプ大統領を熱狂的に支持しているのは中西部や南部に多い「プア・ホワイト」と呼ばれる白人の低所得者層だ。

「メキシコからの不法移民が米国の雇用を奪っている。国境に壁を造れ」
「米国の産業と雇用を守るために、中国製品に関税をかけろ」――。

トランプ大統領の過激な物言いは、絵に描いたようにワーキング・プアの心にヒットする。「まともな仕事がないのは、メキシコからの不法移民や中国人のせいだ。自分で努力してもどうにもならない。だからアルコールに頼らざるをえないんだ」と。

米国では「ポスト・トゥルース(post truth)という政治用語がよく使われるようになった。これは客観的な事実や政策の中身ではなく、個人的な心情や感情に訴える主張が重視されて世論が形成される政治状況のことだ。

目を背けたくなるような「真実」よりも、聞き心地の良い「嘘」が選択されて、真実はいつしか埋没してしまう。

米国の失業率は3%台で、実は歴史的な完全雇用状態にあるのだ。トランプ大統領はポスト・トゥルースの力学をよく理解している。立会演説会でメキシコや中国をこてんぱんにやっつけ、ヒラリー・クリントン氏のようなエリートをこき下ろし、「米国を一番愛しているのは誰だ?そうだ私だ。私は国境に壁を造る。壁の内側にいる君たちは安泰だ!」などと煽り立てれば演説会の参加者は熱狂し、選挙で投票しようと考える。投票率の低い選挙であればあるほど、トランプ大統領に煽られた支持者の投票行動が大きな意味を持つ。

トランプ大統領は白人の低所得者層の生活を向上させるような政策は何もやっていない。しかし、中国と関税合戦を繰り広げたり、「国境の壁の予算を議会が通すまで、連邦政府機関は閉鎖する」などと侃々諤々(かんかん-がくがく)やっているだけなのだが、ポスト・トゥルース的には「トランプ大統領は約束を守る男だ」という評価になる。

煽動されたワーキング・プアは、少数派であっても政治的な力を持つ

真実ではなく、聴衆が聞きたい言葉を放って大衆の支持を得て、世論をリードしていく。これはポピュリズムであり、衆愚政治の一形態である。

格差が広がり、社会構造が二極化していく中で、富の偏在を少しでも修正したり、社会に還元させたりするのが本来の政治の役割である。なのに、逆に煽ったほうが票につながる――ということで、ポスト・トゥルースに走る政治家の台頭が欧米先進国で目立つ。

政治に無関心な金持ちよりも、ポスト・トゥルースに突き動かされたワーキング・プアのほうが少数派であっても政治的な力を持つ――。これが先進国の民主主義の現実だ。

かつて少数の資本家や貴族に大多数の労働者が反旗を翻したのがボルシェビキ革命だが、今回の動きは根本的に異なり、多数を占めるミドルクラスが運動には無関心である。

日本はどのような影響を受けるのだろうか。日本の場合は驚くほどワーキング・プアが政治勢力化していない。何しろ過去30年間、給料が上がっていない先進国は日本だけなのだから、国全体がワーキング・プアのようなものだ。

日本のワーキング・プアが怒りを表さないのは、デフレで低収入でも飢え死にしない社会になっていることや、労働者の声を吸い上げるべき政治勢力が分裂して弱体化したこと、フランスのような市民革命の歴史が日本にはないこと、さらに言えば、“身の丈に合った生き方”を選ばせるような戦後の偏差値教育しているように思える。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。