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MBAダイジェスト 2019/04/05

日本の国家戦略と税制(5)「平和のプロ」日本と「戦争のプロ」ベトナム



執筆:植田秀史(BBT大学院MBA本科修了、税理士)
対象科目:日本の国家戦略と税制(大武健一郎 教授)

平和のプロ、戦争のプロ

自分が生まれてから死ぬまでの間に戦争を体験すると思うか、と質問されたら、あなたはどう答えますか。

大学生にこの質問を投げかけると、戦争を体験すると答える人は、2~3%だそうです。しかし、ベトナムの学生におなじ質問をすると、ほぼ全員が自分は戦争を体験すると答えます。

我が国は、太平洋戦争が1945年に終戦を迎えてから70年に渡り、直接戦争に巻き込まれることなく、平和を享受してきました。そして平和の中で、世界の歴史に例を見ない、とてつもない経済発展を遂げました。すなわち、我が国は平和の中で大きな価値を創造し、自らを発展させる「平和のプロ」なのです。

これに対して、他の多くの国は、我が国の終戦後も幾度か戦争に巻き込まれ、国民は苦難を強いられています。

ベトナムは、太平洋戦争が終わった1945年以降、独立を賭けたインドシナ戦争ではフランス、南北統一を賭けたベトナム戦争ではアメリカ、中越戦争では中国と、三次にも渡るインドシナ戦争でいずれも大国を相手に戦い、これに勝利しています。まさしく「戦争のプロ」としての歴史を歩んできたということができるでしょう。

本科目をご担当されている大武健一郎先生は、国税庁長官を退職後、認定NPO法人ベトナム簿記普及推進協議会を立ち上げられ、現在ベトナムで、日本語で簿記を教える学校を運営されています。

先生は、先月、長年に渡るベトナムとの交流から、日本とベトナムの歴史認識や、そこからくる考え方の違いについて、『「平和のプロ」日本は「戦争のプロ」ベトナムに学べ』という本を上梓されました。

今回は、講義にもたびたび登場する日本とベトナムの考え方の違い、特に戦争と歴史の捉え方についてご紹介したいと思います。

戦争に勝った者が歴史を作る

我々は、学校で教科書から歴史というものを学び、試験のためにそれを覚えこむということをしてきました。そのためか歴史とは「事実」があって、その事実を伝えるものだという無意識の理解があります。しかし、実際には、「歴史」とは事実を伝えるものではなく、「歴史の解釈」を伝えています。この点をベトナムでは端的に「戦争に勝った者が歴史を作る」と考えています。

例えば、1937年、日中戦争の初期に日本軍が中華民国の首都であった南京市を占領し、中国軍の兵士や捕虜、一般市民を大量に虐殺した、いわゆる「南京大虐殺事件」があります。

この事件について、日本では虐殺が実際にあったのか、無かったのか、という議論がありますが、ベトナムの方によると「日本はあの戦争で負けたのだから、それについて何を言っても無駄だ」ということになります。

歴史は戦争の勝者の認識と解釈で作られる。だから、日本がいくら虐殺は無かったと言っても、勝者である側が「日本による虐殺があった、日本にその罪があった」と言えば、それが歴史になってしまうということです。

ベトナムでは、「勝者が歴史を作る」ということを強く意識しているため、とにかく勝つことにこだわるといいます。例えばベトナム戦争では、アメリカ軍の死者は5万5千人。これに対して、ベトナム軍は150万人が戦死したと言われています。この数だけ比較すれば、どちらが勝者かは一目瞭然です。

しかし、ベトナムはそれだけの犠牲を払っても、決して負けたと言わずに戦い続け、その間にアメリカで厭戦ムードが広がって最終的に撤退し、北ベトナムの勝利となりました。ベトナムはとにかく勝つということにこだわったのです。そして、勝者として和平交渉を行うことで、初めて自分たちの国や歴史を守ることができると考えているのです。

ベトナムの方に言わせると、日本は戦争に負けたのだから、過去のことをいくら言っても仕方がない、それよりも未来に向けて行動するべきだ、という意見になります。

尖閣諸島の問題にしても、対中国の政策を考慮して、早い段階で灯台などの施設をつくり、実効支配してしまった方がいい、という考えになるそうです。

このような歴史認識は、普段の我々がもつ認識とは全く異なるものといえるでしょう。戦争のプロであるベトナムは、平和を当然と考えている我々には簡単には想像できない見方で、世界情勢を見ているのです。

植田秀史

BBT大学院MBA本科 修了生
植田ひでちか税理士事務所 所長
国税局を経て、独立。BBT大学院大学院修了後、本科目のTA(Teaching Assistant)を務める。


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大武 健一郎(BBT大学大学院 教授、元国税庁官)

1946年生まれ、東京都出身。東京大学卒。70年旧大蔵省入省。大阪国税局長や財務省主税局長を歴任、2005年国税庁長官で退官。商工中金副理事長を経て、 2008年4月より「ベトナム簿記普及推進協議会」を立ち上げ、理事長としてベトナムで日本語と複式簿記の普及に努める。2008年7月より2012年7月まで大塚ホールディングス株式会社代表取締役副会長も務めた。
35年間勤務のうち20年間を税に携わる。税制の企画立案と税務行政の両方を担当したという点で、他には例をみない税の専門家。
日米租税条約を32年ぶりに全面改正したアメリカとのタフなネゴはあまりにも有名。これにより配当や利子、特許の使用料が原則として相互に免税となり、知的財産の開発に拍車がかかるだけでなく、研究開発に対して恒久減税を実施したこととあわせ、欧米の対日投資がふえる効果があった 。また、この条約が、その後の先進国との租税条約のモデル条約となった。なお、税理士法についても21年ぶりの改正を担当した。


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