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大前研一メソッド 2019/04/05

日本の行政サービスはどこまで便利にできるのか?~行政手続きをネットで一元化するだけでは道半ば



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

政府は2019年3月15日、「デジタル手続法案(正式名称=情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るための行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律等の一部を改正する法律案)」を閣議決定しました。

▼資料:平成31年3月15日 定例閣議案件(最終アクセス:2019年4月5日)
https://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/2019/kakugi-2019031501.html

同法案は、自宅のパソコンやスマートフォンを使って、例えば、引っ越しなどの際に必要な行政や公共サービスの手続きをインターネット上で行えるようにすることが目的です。電気・ガスの住所変更や死亡・相続に伴う手続きなどをインターネットを使って行えるようにするほか、法人を設立する際などに必要な添付書類について、税務署や年金事務所など行政機関どうしで共有し、何度も提出しなくて済むようにするとしています。

便利になりそうですが、大前研一学長は「従来の行政手続きをデジタル化する」というだけの効果に疑問を呈しています。

国民データベースの構築で世界最先端を走るエストニア

私はかねてから「国民全員にIDを持たせ、税金や社会保障だけでなく、運転免許証やパスポート、医療情報まで、1つのIDで一元的に管理するコモンデータベースを構築すべきだ」と提唱してきた。

2014年には、北欧バルト三国の電子政府先進国エストニアを訪問した。この国は世界で最も進んだ国民データベースを構築しており、国民はICチップの入ったIDカード(身分証明書)を所持することで、結婚、離婚、不動産取引以外のすべての行政サービスをスマホひとつで完結することができる。日本のマイナンバー制度においては、スマホで受けることのできる行政サービスなどほとんど存在しない現状なので、恥ずかしくなるほどだ。

日本はいまごろになって、新聞の全面広告で「エストニア見学ツアー」だの参加者を募っているが、遅いうえにトンチンカンだ。

デジタル手続き法案は、例えばスマホに使われるSIMチップの中にIDカードが入るのかどうか、といった肝心なことには何も触れていない。

エストニアでは、世界中どこにいてもオンラインで選挙の投票もできる。本来なら、そういうことも含めて、トータルの「絵」を見せなければならない。

「デジタル手続き法案」は、本当にわかった人間が進めているのか、エストニアやデンマークをちょっと視察しただけの人が、わかったような顔をして言葉だけを走らせているのか。そのへんがまったくわからない。

行政手続きをネットで一元化するだけでは道半ば

行政手続きなどをネットで一元化するのは素晴らしいことだ。だったら、運転免許証から選挙まで全部デジタル化してほしい。選挙では投票場を開設する人や投票を見張る人、人手による開票作業の経費だけでも莫大な金がかかる。これがスマホを使って投票するエストニア方式だったら経費≒ゼロで済むのだ。

日本の場合、デジタル化は役所別、市町村別で行われることになる。仮に、選挙を現在の仕組の延長戦上でデジタル化したとしても、知事選など市町村をまたぐ選挙のときに、市町村別の選挙結果をイチイチ足し算しなくては都道府県全体を集計できない。これがわが国の現状だ。

エストニア方式だと決済や口座の出し入れまで国家電子銀行を通じて行われ、銀行はいらなくなる。税金も勝手に自動計算してくれるから税理士も必要なくなる。日本はどこまでやるのか。

デジタル化するのなら、紙の住民票なんかいらなくなるはずだ。いったい何のためのデジタル化なのか?

印鑑登録や印鑑証明という制度も日本には存在する。これも滑稽な話だ。印鑑登録や印鑑証明という制度では、役所に「これが自分の実印です」と届け、紙の契約書などに確かに本人が実印を押しているということを紙で証明してもらっている。実印で証明しなくても、「私が契約した」ということを証明するには、ICカードでもいいし、声紋、指紋、サインでもいい。役所の側が本人であることを電子的に確認できないといけない。本来、印鑑証明などは不要にしなくてはいけないのだ。

国民にしてみれば、導入によって多くのパブリックサービスが受けられるようになり、役所の無駄な業務が減って行政コストが削減されるのでなくては意味がない。

政府は「デジタル化の基本原則」として以下のような3点をあげている。

(1)デジタルファースト:個々の手続き、サービスが一貫してデジタルで完結する
(2)ワンスオンリー:一度提出した情報は、二度提出することを不要とする
(3)民間サービスを含め、複数の手続・サービスをワンストップで実現する

しかしながら「個々の手続き、サービスをデジタル化」するという現在の延長戦上から発想するのではなく、行政全体の仕組み全体を根本的に見直すべく、ゼロから発想しなければならない。

▼資料:デジタル手続法案の概要(最終アクセス:2019年4月5日)
http://www.cas.go.jp/jp/houan/190315/siryou1.pdf

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。