大前研一メソッド 2019年4月12日

外交問題の先読み~外交問題を考えるときの「theory of thinking」



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

外交問題を考えるときの“定石”を大前研一学長が解説します。


ここでは現在進行形の実際の外交問題を2例とりあげます。前半では日ロ交渉を、後半では朝鮮半島情勢を題材とし、大前学長が先読みするときの思考プロセスを解説します。

「2島返還」にはメリットが少ない

日ロ交渉で考えてみよう。

ロシア側は日本に対して以下のように圧力をかけてきている。

「日本が第二次世界大戦の結果を受け入れることが交渉の大前提」
「日本の領土でもないのに『北方領土』とか『返還』という言葉は使うな」

基本的には「平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を日本に引き渡す」という「1956年の日ソ共同宣言」をベースに交渉を進めることで両国は合意している。(本記事では以下、便宜的に「2島返還」という表現を使うこととする)となると、「次」は「日ロ平和条約」で、「次の次」は2島返還ということになる。

2島返還については、施政権は渡すけれど、ロシアの軍政は現状維持するという“沖縄方式”をロシアが求めてくる可能性が高い。日本に戻った2島にすぐさま米軍が駐留するようでは、ロシア国内で批判が高まってプーチン政権がもたなくなるからだ。

さて、めでたく平和条約を締結して、2島返還にこぎ着けたと仮定しよう。ところが、施政権は日本側でも、軍政権はロシアが握ったままということになる。そんな島を返してもらったところでどうするのか。

歯舞群島はほとんど人が住んでいないが、もう一つの色丹島には約2000人のロシア人が暮らしている。“先住”の彼らがそのまま色丹島に暮らせるように保障する、場合によっては希望者に日本での永住権や日本国籍を与えるくらいのオプションを用意しなければ、住民が反対して返還は実現しないだろう。

とはいえ、ロシア語しか分からない2000人ほどの島民付きで施政権を返してもらって、何の施政をするというのか。日本人が2000人ぐらい移住して島民の半分が日本人になるというなら施政をする意味もあるかもしれない。

しかし、わずかに残っている日本人の島民は皆ゆうに80歳を超えていて、2世、3世を含めて「自由に墓参りはしたい」と思っていても、「住みたい」と思っている人はほとんどいないだろう。

結局、在留ロシア人の要望を受けて病院や学校を造り、マイナンバーを与えて健康保険や年金にも加入させて――となればロシア国中から貧しいロシア人が押し寄せて来るに違いない。そこに強面のロシア軍も駐留しているのだ。

また、観光や漁業権といった経済的メリットもない。観光資源が豊富なのは択捉島で、漁場が豊かなのは国後島の南側にある黄金の三角水域だ。

「次」の日ロ平和条約には意味がある。ロシア産の天然ガスや電気を日本に直接引き込めるようになれば、エネルギー問題だけでも多大なプラスが見込める。

しかし、「次の次」の2島返還にはメリットがほとんどない。自由に渡航したいのならば、かつてのサイパンのような国連の信託統治で十分ではないかという考え方もある。

国益と領土問題の難しさを考慮すれば、「『次の次』の2島返還よりも『次』の日ロ平和条約に力点を注ぐべし」という判断も出てくるわけだ。

南北朝鮮の統一はない

米朝の交渉も朝鮮半島情勢の「次」や「次の次」の絵を描くと行方が見えてくる。「次」は朝鮮戦争の終結であり、平和条約の締結。「次の次」は南北朝鮮の統一ということになってくるだろう。

そこで、統一コリアの統治機構はどうなるか。USA方式、UK方式、UAE方式など、モデルはいろいろあるが、シンプルに北と南の代表から統一大統領を選ぶ形になるとしよう。南は選挙で文在寅のような代表が選ばれる。北は金王朝だから代表は金正恩しかいない。北朝鮮では、金正恩以外で候補となるうる人材は既に殺されているか粛清されているからだ。

さらに、民主的な選挙で一人の大統領を選ぶとなれば、人口比で優位な南から選ばれるに決まっている。しかし、文在寅が統一大統領で金正恩が副大統領という統治体制がありうるだろうか。独裁専横で国民を殺しまくり、自分の親族、兄さえ殺した金正恩と統一大統領が仲よく机を並べて仕事ができるとは思えない。

それに、南北の行き来が自由になって韓国の繁栄を目にすれば、北朝鮮の人々は金王朝の嘘に気づく。恨み骨髄で「生かしておけない」ということになれば、ルーマニアのチャウシェスク元大統領と同じ運命をたどることになる。

米朝協議の当事者はこうした「次の次」を誰も考えていない。ただ一人、金委員長だけが自らの末路を正しく見通していた。だから、シンガポール会談の事前協議でも、「金王朝の体制保証」を必死に求めたのだ。

韓国の文在寅大統領は朝鮮戦争を終結させ、平和条約まで持っていきたいという。そこまでは考えやすい。平和条約が結ばれて、米軍が韓国に駐留する理由がなくなれば、北朝鮮も武装解除しやすくなる。ところが、平和条約の先、つまり「次の次」南北統一後には金委員長の居場所は朝鮮半島になくなる。

国と国との交渉、つまり外交は「次」と「次の次」を考えることが非常に重要だ。

「次の次」つまり、日ロ交渉なら「二島返還」、朝鮮問題情勢なら「南北朝鮮統一」はまるで既定路線であるかのように交渉当事者が動いているフシがあるが、いずれも、実際に実現してしまうと無理が大きいために、現実化する可能性は小さいのである。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。