大前研一メソッド 2019年5月17日

EUが英国を「合意なき離脱」させない理由~英国のEU離脱期日は2019年10月31日に再延期~



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

英国のEU離脱(BREXIT)の刻限とされてきた2019年3月29日が何事もなく経過しました。EUとの離脱交渉がまとまってもまとまらなくても英国がEUから自動的に離脱する期日とされてきました。

英国は欧州議会選挙(2019年5月23日~26日)に参加し、EU加盟国としての義務を果たすことで、離脱期日を2019年10月31日まで再延期してもらっている状況です。

EU側はなぜ英国を「合意なき離脱」させないのでしょうか。大前研一学長に聞きます。

UK(連合王国)が分裂しEngland aloneに向かう

BREXITとなれば北アイルランドとアイルランドの国境が大きな問題になってくる。国境管理が厳格化されて、ヒト、モノ、カネが自由に往来できなくなれば、アイルランド島は再び分断される。BREXIT後も国境管理を厳格化しないことで、英国もEU側も意見は一致しているが、北アイルランドを特別扱いするスキームは、北アイルランドの独立の気運を高めて、UnitedKingdomの崩壊につながるとの見方も出ている。

一方、スコットランドは14年に英国からの独立の是非を問う住民投票を行い、僅差で独立は否決された。スコットランド自治政府のスタージョン首相は「英国がEUを独立したら、もう一度住民投票を行う」と公言していて、これが実現すれば、今度は独立賛成派が勝利するのは確実。英国がEU加盟国のメンバーでなくなれば、前回の国民投票と違って、スコットランドのEU加盟に反対する国はいないからだ。

United Kingdomから北アイルランドが独立し、スコットランドが独立すればウェールズも独立運動を始めるだろう。スコットランドに先を越されるのは、ウェールズの人々は我慢できない。

つまり、EUを離脱すればUK(連合王国)はEngland alone(イングランドだけ)となる運命に向かうのだ。

BREXITは工場の英国脱出を招き、失業率を上げる

英国の失業率は4%台と歴史的に最低水準だ。人手不足で企業や飲食店などは経営が危ぶまれて、「難民でも誰でもいいから人を入れてくれ」という状況。「『雇用を奪われる』とBREXITを煽ったのは誰だ」と怒っている経営者は少なくない。

英国のおもな輸出品であるランドローバーや日産の英国工場製のクルマは、10%の関税をかけられて競争力を失う。ジャガー・ランドローバーは4000億円の引当金を積んで、さらに4500人の雇用削減を公表し、ホンダは21年までに英国工場を閉鎖すると発表した。「BREXITで何かいいことがあるのか?」「再投票させろ!」という離脱反対の声は日増しに強まっている。

EUに提出した離脱届けを英国はいったん引っ込めよ

いくら離脱延期を繰り返しても、迷走して信任が地に落ちたメイ首相に有効な打開策は打ち出せないと私は思う。

EUとしても、そう何度も離脱延期を認めるわけにはいかないだろう。

メイ首相が第一に行わなければならないのは、EUに提出した離脱届けをいったん引っ込めることだ。EU側も一度提出した離脱届けを引っ込めるのに「EUの合意は要らない」というシグナルを英国に送っている。

恥を忍んで離脱届けを引っ込めて、時間をかけてBREXITの損得を洗い出し、議論して、そのうえで再度国民投票に持ち込む。離脱の緩和策が何通りも出ていて、ある一つの案に収束させることはもはや不可能である。

メイ首相は「自分は(もともと離脱に反対だったが)国民が離脱に投票したので、それを実現する任務を負っている」と言い続けてきた。離脱再延期の事態に至っても、「EUと協定を結び、できる限り早く離脱する必要がある」と離脱協定にこだわっている。

「今の国民は『EUに残ることのメリットのほうが大きい』と考えているのではないか」という発想に至らずに、キャメロン前首相が掛け違えたボタンをそのまま引き継いでいるのだ。ボタンの掛け違いを指摘する人もいないらしい。

賢明なはずの国の、頑固な首相が、2年以上前に自分に与えられた任務に忠実なあまり、その後の状況変化に気がつかず、目の前の崖から飛び降りようとしている。

英国が離脱届けを引っ込めて、再度国民投票を行うことをEU側は密かに望んでいるはずである。再度国民投票を行うとするならば、かなり明確に「EU残留」と結果が出るだろう。分裂した保守党も、貧乏くじを引きたくない労働党も明確な方針を打ち出せていないが、半年の猶予で“再投票派”が勢いを増し、英国らしい“英知”を示すことが期待される。

大山鳴動してネズミ一匹出てこない――。EUが、英国にかなり長い時間的猶予を与えたのは、英国が七転八倒するのを見れば、将来離脱に傾きかねない他のEU加盟国に対する明確な「抑止力になる」と密かに計算しているからであろう。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。