大前研一メソッド 2019年7月15日

日米安保条約見直しは、北方領土返還には追い風?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

「もし日本が攻撃されたら、我々は、全軍で日本のために戦うのに、米国が攻撃された場合、日本は戦う必要がない。不公平だ」――。日米安全保障条約に対してトランプ米大統領が「不公平だ」と不満を表明しています。

トランプ氏は、日米安全保障条約を持ち出して、日本に対し揺さぶりをかけることで、駐留米軍経費の日本の負担増や米国製装備の更なる購入という金銭的な貢献を引き出そうとしていると考えられます。また、貿易交渉で、日本に譲歩を迫る狙いもあると考えられます。

日米安全保障条約は、第5条で、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に、日米両国が「共通の危険に対処するよう行動する」としています。これが、米国の日本防衛義務です。

第6条は、「日本国の安全に寄与し、極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカの陸海空軍は、日本国において、施設及び区域を使用することを許される」としています。これが、日本の基地提供義務です。

ロシアが北方領土を日本に引き渡すと、上記の第5条と第6条が適用されることになり、米軍基地が北方領土に誕生する脅威をロシアは恐れています。これが、領土交渉が先に進まない一つの大きな要因とされています。

あくまで仮定の話にはなりますが、日米安全保障条約を見直し、北方領土を米軍の守備範囲に入れないとすると、引き渡し交渉を進展させるきっかけにできる可能性があると、BBT大学院・大前研一学長と言います。もし安倍晋三首相だとすれば、米国とロシアに対してどのような交渉すれば北方領土の返還を実現できそうか、大前学長にアイデアを聞きました。

ロシアは、国後島と択捉島の軍備を強化

ロシアのプーチン大統領は国営テレビのインタビューで、「北方領土の施設からロシアの国旗を下ろす考えはあるか」と質問され、「そのような計画はない」と断言した。つまり、「北方領土を日本に引き渡す計画はない」ということである。プーチン氏は過去に何回も言っていることを改めて強調した。

国後島と択捉島について、プーチン氏は返すつもりはまったくない。この2島では、逆にロシア軍をどんどん強化し、さらに水産や観光で経済的に自立できるようにしている。

『防衛白書』(平成30年度版)によると、北方領土におけるロシア軍の展開状況は以下のようである。


ロシアは、国後島と択捉島での軍事活動を活発化させる傾向がみられる
『防衛白書』平成30年度版(最終アクセス:2019年7月16日)
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2018/html/ny000003.html

・ピーク時に比べると大幅に縮小したとは考えられるものの、現在も1個師団が国後島と択捉島に駐留している。戦車や装甲車や各種火砲、対空ミサイルなどを配備している。

・国後島と択捉島では、軍事施設地区での新規の建築を継続中である。

・2016年11月、国後島と択捉島に沿岸(地対艦)ミサイルを配備する計画を発表した。

・2018年1月、択捉島の軍用飛行場である天寧飛行場に加え、2014年に開港した新民間空港を軍民共用とする政令を発出した。

・2018年2月、北方領土・千島列島で軍人2000人以上が参加する対テロ演習を実施した。

【資料】
北方領土におけるロシア軍(最終アクセス:2019年7月16日)
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2018/html/n12404000.html

G20首脳会議出席のため来日したプーチン氏は、安倍首相と大阪で会談したが、今回も焦点の日露平和条約締結については、協議の継続を確認するだけにとどまった。

1956年の日ソ共同宣言で、歯舞群島と色丹島の日本返還を前提に平和条約締結交渉をするという合意がなされている。プーチン氏は日本に返還された歯舞、色丹に安保条約にもとづいて米軍が駐留するのではないか、と懸念している。「まず2島返還、その後に全島返還」を考える安倍首相にとって、今が、このプーチン氏の懸念を払しょくさせるチャンスかもしれない。

「北方領土がロシアから日本に返還されても、米軍は守備しない」という合意で日米露の利害は一致する!?

というのも、トランプ氏がおそらく日米貿易交渉を有利に運ぶために、「日本が攻撃されたらわれわれは犠牲を払って戦わなければならない。しかし、われわれが攻撃されても日本は助けなくてもいい。日米安全保障条約は不公平だ」と不満を表明したからだ。

だったら安倍首相も、米国に対して、「分かりました。日本はここまではやります。その代わり、あなたたちもここまでで結構です。北方領土が2島返ってきたときも、米軍は守備範囲にしないで結構です」と交渉すればいい。トランプ、プーチン両氏の間で、うまい交渉ができれば、落としどころを探れるチャンスではないか。

「2島返還だけでいいのか」と怒る国民もいるだろう。しかし、安倍首相はこれまで国民をいろんなことで怒らせている。そのたびに一瞬、支持率は落ちるが、結局また高い支持率に戻っている。一時的な支持率低下を覚悟して、2島返還と日露平和条約まで持ち込むのが一番実があるのではないだろうか。

※この記事は、『夕刊フジ 大前研一のニュース時評 2019年7月8日』を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。