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大前研一メソッド 2019/08/12

通信事業会社から投資会社に軸足をシフトするソフトバンクグループ孫正義氏の野望



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

ソフトバンクグループ(SBG)は、運用規模が約12兆円の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)」の2号ファンドを設けると発表しました。2号ファンドには、SBGが約4兆円を出資する計画です。国内の通信子会社ソフトバンクを2018年に上場させたように、SBGは事業の軸足を投資に移しつつあります。2019年6月の株主総会でSBGの孫正義会長兼社長は「私はAI革命の指揮者になりたい」「投資機会を総取りする」と豪語します。BBT大学院・大前研一学長は「英アーム・ホールディングス社を2016年に買収した時の金額が高すぎた」と孫氏の買収に対する課題を指摘します。

【資料】ソフトバンクグループは投資会社へのシフトを進める

3兆3000億円で買収した英アーム株を、1兆円でSBG傘下のSVF(1号)に移す

SBGが東京国税局の指摘を受け、2018年3月期の所得約4000億円を修正申告した。申告漏れの金額としては過去最高とみられる。

16年に約3兆3000億円で買収した英国の半導体開発大手「アーム・ホールディングス」の株を、SBG傘下のSVFに移した。その際、株の取得価格と時価評価額の差額などで生じた約2兆円余りの損失を18年3月期に計上したが、国税局は「19年3月期に計上すべき」と指摘した。

3兆3000億円というのは、日本の企業の買収案件として過去最大。中国最大のIT企業「アリババ」などの株式の一部売却により資金を調達した。アームの技術は、スマホ搭載のプロセッサーやソフトウエアなどに活用されている。

SBGがアームを買収したとき、当時、社外取締役だった日本電産の永守重信会長兼CEO(最高経営責任者)は、「ソフトバンクの孫正義会長兼社長は30~50年先を見て買収したが、技術革新のスピードは速いので、私にはそんな勇気はない。私なら3300億円でも買わないでしょうね」と語ったのは有名な話。

SBGの株主からすれば、「3兆も出して買ったものを1兆円で譲って2兆円のロスを出した。はじめから1兆円でよかったんじゃないか」という話になってくる。要は3兆円というのは間尺に合わないのではないか、ということ。

SBGが抱えた2兆円のロスは欠損金としてキャリーオーバー(繰り越し)できるが、そんな税務上の話よりも、アームを破格の値段で買ったことがバレてしまったわけだ。

SVF(1号)の投資先にはウーバー、エヌビディアやスラック・テクノロジー、ウィーワークなどの有望企業

SVF(冒頭で紹介した「2号」と区別するため、ここでは、便宜的に「1号」と記す)というのは、サウジアラビアなどと17年に発足させた運用額10兆円規模のハイテク投資ファンド。2019年5月の時点で約80社に投資している。出資または買収した企業には、半導体メーカー「エヌビディア」や起業家のためのワークスペースを提供する「ウィーワーク」などの将来大化けしそうなところも挙がっている。

このSVF(1号)が約7%出資する米国のビジネス対話アプリの「スラック・テクノロジーズ」が6月、ニューヨーク証券取引所に上場した。初値は38ドル50セントで、NY証取が事前に示した参考価格の26ドルを大きく上回る水準。終値の38ドル62セントで換算した時価総額は約195億ドル(約2兆円)と、2019年の上場ではウーバーテクノロジーズに次ぐ2位の規模になった。SVFはウーバーの筆頭株主でもある。

計算上、スラック株を売却するとSVFに1400億円がキャッシュとして入ってくることになる。

【図】SVF(1号)の主な投資先

2019年6月のSBGの株主総会で、孫氏は「SVFの社員数が400人を超え、近いうちに1000人に達する見通しだ」と述べた。さらに、第2のSVF設立に向けて投資家と条件交渉に入るという。

ついでに、孫氏は「69歳で次の経営陣にバトンを渡す」と述べ、あと8年はやることを宣言していた。世界のベンチャーキャピタルの年間の資金調達額は8.6兆円である。SVF1号と2号を合計した投資規模は22兆円となり、この3倍弱もの資金を運用することになる。これだけ風呂敷を広げてしまえば、孫氏はまだまだ第一線から退けない、ということなのだろう。

※この記事は、『夕刊フジ 大前研一のニュース時評 2019年6月29日』を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。