大前研一メソッド 2019年8月26日

10月末に迫る英のEU離脱、ジョンソン首相は何もできないまま失脚か?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

英国のボリス・ジョンソン首相は2019年8月25日、欧州連合(EU)のトゥスク大統領と初めて会談し、現行の期限通りの2019年10月末にEUから英国が離脱する方針を伝えました。離脱を巡る両者の立場の溝は深く、離脱協定案がまとまる可能性について「きわどい」(ジョンソン首相)状況です。「合意なき離脱」も視野に、ジョンソン首相は強気な姿勢を崩していません。

英国内では合意なき離脱を避けるもう一つの道である「離脱延期」を目指して、野党の動きが活発化しています。ジョンソン内閣の不信任案を可決させ、代わりに与野党の反ジョンソン勢力を集めた「暫定内閣」を結成してEUに離脱延期を申し入れる案が検討されている。ただ反体制派が一枚岩になれるかは定かではありません。

いずれにしても、「合意なきEU離脱」回避への道筋は険しいのが実情です。
BBT大学院・大前研一学長は「ジョンソン首相失脚」による離脱延期を予想します。

英国BBC放送もフィナンシャル・タイムズもジョンソン首相の手腕に疑問符

ジョンソン首相は「この国(英国)をもっとよくしたい」と熱弁を振るう一方、「欧州連合(EU)離脱について、疑う人、悲観的な人、悲しみに暮れている人は間違っている」と語り、EUとの合意なしでも10月31日の期限に離脱すると訴えている。

ただ、就任2日目に、テリーザ・メイ前内閣がまとめた離脱案の見直しをEUに要求したものの、即座に拒否されている。

いまのところ、ジョンソン首相は米国と2国間のFTA(自由貿易協定)を結んで、「EUから離れても米国があるから大丈夫」と強調、電話会談したドナルド・トランプ米大統領と気が合うこともアピールしている。

BBC放送のニュースを見ていると、いま英国ではジョンソン首相のことをどう扱っていいかわからない、というふうに感じた。

そんな中、英国の経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のフィリップ・スティーブンズ論説委員は、「外相時代は散々だった」と酷評したうえで、「彼ができるのは、似た者同士のトランプ大統領と仲良くなることだけ。ただし、2人は『主人(トランプ大統領)と召し使い(ジョンソン首相)』の関係になるだろう」と皮肉っていた。

ジョンソン首相は、名門イートン校からオックスフォード大学に進んだ超エリートで、保守系の「タイムズ」や「デーリー・テレグラフ」の記者もしていた。その後、ロンドン市長と同時に外務大臣にも就いた。英国の場合は、市長を務めながら議員もできる。

なお、ジョンソン首相は1964年、ニューヨーク生まれ。外相に就任した2016年までの52年間、ずっと米国との二重国籍だったことが、米国財務省のリストからバレてしまった。

内閣不信任案可決で、ジョンソン首相失脚、10月末EU離脱期限は延期の流れか?

ジョンソン首相は物議をかもす発言も多い。その1つ、「英国はEUに毎週485億円支払っている」という主張は、EU離脱の根拠にもしていた。しかし、これはフェイク・ニュースである。英国への払い戻しなどがまったく考慮されていない金額だった。

上で触れたFTの論説委員だけでなく、「この人はとんでもないウソつき」「言ったことは、これまで1つも当たったことはない」「驚くべき誇大妄想」と論評する人も多い。ということで、英国のまともなジャーナリストは「ジョンソン内閣は長くは続かないだろう」と読んでいる。

「合意なき離脱」を強行しようとすれば、「合意なし」に反対の議員が多数の下院は「ノー」となるだろう。基本的には不信任案が出されて可決され、内閣が崩壊して総選挙になる。

その段階で「10月末の離脱期限を延ばしてほしい」とEUに要望することになる。総選挙になれば、EUとしても離脱期限を延ばさざるを得ない。総選挙によって新しい政権が生まれて、再びEU離脱の国民投票が行われる可能性も出てくる。あるいは総選挙の争点そのものが国民再投票ということも考えられる。

とりあえず保守党の票集めには成功したが、この後、ジョンソンのような人間が英国首相を長く続けられるという保証はほとんどない。元々、「何でもいいから首相になりたい」という人なので、「なれてよかったね」ということで、早いうちに不信任案を出して失脚させてほしい――。こういう意見が英国のエリート雑誌の『エコノミスト』誌などからも聞こえてくるようになった。

2019年9月3日、夏季休暇中の英議会が再開する。英国の最大野党・労働党はジョンソン政権に対し、内閣不信任決議案を提出すると言われている。ジョンソン政権はこのタイミングで倒れる可能性があるとみる。

※この記事は、『夕刊フジ 大前研一のニュースの時評 2019年8月5日』を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。