大前研一メソッド 2019年9月2日

トランプ米大統領が「グリーンランドを買いたい」と突如言い出した理由



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米国のドナルド・トランプ大統領は2019年8月18日、デンマーク領グリーンランドの買収について、「政権内で協議している」と意欲を見せました。この買収構想について、デンマークのフレデリクセン首相は「ばかげている」と一蹴しました。

トランプ大統領が突如グリーンランドに関心を持ち、このような買収をデンマークに対して提案した背景について、BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

金銭的な取引で国土を獲得した歴史を持つ米国

トランプ大統領が買収の合法性や購入手続きを調査するよう指示した話が伝わった当初も、ラスムセン前首相が「エープリルフールの冗談に違いない、完全に季節外れだが」と切り捨て、グリーンランド自治政府外務省も「われわれはビジネスには開放的だが、グリーンランドは売り物ではない」と取り合わなかったほと唐突な提案だった。

トランプ政権内でも、購入が可能かどうかをトランプ大統領から相談された側近らは、冗談なのか本気なのかトランプ大統領の真意を測りかねていた。

実は、かつて同じことを提案した米国の大統領がいる。フランクリン・ルーズベルトの死を受けて副大統領から大統領に昇格したハリー・S・トルーマンだ。

1946年、第二次世界大戦が終了して米ソ冷戦が始まるという時代に、「1億ドルでグリーンランドを譲ってくれないか」とデンマークに打診して拒否された経緯がある。だから、米国によるグリーンランド買収は新しい発想ではない。

米国は1867年にロシアのロマノフ王朝からアラスカを買っている。それ以前の1803年にはミシシッピ川流域の広大な仏領ルイジアナ(いまの15州に相当)をフランスから買っている。領土を「買う」という行為は、米国の歴史の中では何回か行ってきた。

大西洋と北極海の間に位置し戦略的に重要

グリーンランドは北アメリカ大陸の北、北極海と北大西洋の間にある世界最大の島で、面積も日本の約5.7倍と広い。これだけ面積が大きくても人口は5万5000人しかいない。島の大半が北極圏に位置し、ほとんどが厚い氷で覆われている。

【資料】グリーンランドを中心にした地図

デンマークの旧植民地で、現在は内政を1979年発足の自治政府が担当し、外交や安全保障はデンマークに委ねている。財政面ではデンマークからの補助金に3分の1くらい大きく依存している。

グリーンランドは大西洋と北極海の間に位置するために戦略的に重要である。

米軍の強い影響下にあるグリーンランドだが、近年では中国も食指を伸ばしている。

中国は2016年にグリーンランドの古い基地を買収しようとして、米国の意を受けたデンマークに阻止されている。2018年も中国企業が米軍のチューレ空軍基地近くに空港を建設しようとして失敗している。

米軍のチューレ空軍基地は、第2次大戦後の1953年にグリーンランド北部のカナークに世界最北の米軍基地として建設された。当時のソビエト連邦から北米大陸を守る拠点とされ、ICBM(大陸間弾道ミサイル)が撃たれても、いち早く警戒できるように「弾道ミサイル早期警戒システム」のレーダーが設置された。冷戦下の最前線基地となっていた。

米国防総省は2019年5月に公表した報告書で、「中国が衛星通信施設や空港の改良工事などのインフラ整備などを通じてグリーンランドに接近している」と指摘。南沙諸島と同じような形での、軍事転用を懸念している。

そう考えると、グリーンランドの買収計画は、豊富に埋蔵されていると言われるレアアースなどの鉱物資源の確保とともに、中国の接近に対する警戒感という軍事的戦略が大きいと考えられる。

トランプ大統領にしてみれば、レガシー(遺産)をつくるためのエンターテインメントの一環かもしれないが。特にパリ条約を脱退して二酸化炭素をばらまき、地球温暖化の責任を追及されているが、温暖化が進んで北極航路が長期間開け、地表を覆っている氷が解けていけば、グリーンランドでもこれからはゴルフ場くらい開設できるのだ、と支持者の前で演説したいのかもしれない。さすが根っからの不動産屋だ、ということになる。

※この記事は、『夕刊フジ 大前研一』2019年8月25日を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。