大前研一メソッド 2019年9月23日

これから米国株式は株安に向かう?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

世界的な株高傾向が続いています。これを強力にけん引しているのは米国市場の株高です。米国の主要株式指数であるNYダウ(ダウ工業株30種平均)は2010年の1万ドルから10年で3倍の3万ドルを目指しているように見えます。トランプ政権の間に3万ドル突破はあるのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長は、株高の原因とリスクを分析し、株安に向かう可能性が高いと警告を発しています。

【資料】NYダウの推移(期間10年)(最終アクセス:2019年9月23日)
https://finance.yahoo.co.jp/quote/%5EDJI/chart?term=10y

米国の株はなぜ上がり続けるのか

株高を演出してきた“トランプマジック”は以下の二つがある。

(1)大規模な減税

2017年12月、トランプ大統領が大統領選中から公約に掲げてきた法人税や所得税の大規模減税を柱とする税制改革法案が米議会で可決・成立した。これはレーガン政権以来の抜本的な税制改革であり、連邦法人税が35%から一気に21%に引き下げられ、所得税も高額所得者ほど恩恵を受ける形で税率が引き下げられた。

「金持ち優遇」との批判もあったが、企業や富裕層をターゲットにした減税は景気浮揚効果が大きい。税引き後に残るお金が大きければ、企業は設備投資や研究開発投資を活発化するし、個人消費も拡大する。景気が良くなれば当然株価は上がる。

現在のサイバー経済においては、昔の重厚長大産業型の装置産業が方々にプラントを造るような巨大な設備投資は必要ない。基本的には優秀な人間がいれば成り立つのだ。したがって、減税で浮いた余資を配当資金に回しやすい。配当が増えるから、株に再投資される。

(2)金融政策

米国の中央銀行制度であるFRB(連邦準備制度理事会)は、米国の好景気が続く中で、インフレを警戒して金利を上げてきた。

今の時代、世界的に金利が低いから、ドルやユーロ、円など信頼度の高い通貨の金利が高くなると世界中からお金が集まってくる。「米国の金利が高い」と言っても高々2.5%程度だが、それでもゼロ金利の欧州やマイナス金利の日本に資金を置いておくより、安全なドルに替えようという動機付けになる。そうやって世界中から集まってきたお金は、実際には米国債には向かわずに、株式をミックスしたETF(上場投資信託)のような金融商品に向かう。それが株式市場にも流れ込んで、株高につながっている。

発行済み株式数が20年間増えてない

株高要因は株式市場の動向にもある。近頃は株式を新規発行するケースが非常に少なくなった。米国の公開株の時価総額は膨れ上がっているのに、発行済み株式数はこの20年で全く増えていないのだ。

2019年6月、ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場のベンチャー企業)の一つである米ビジネス用チャット大手のスラック・テクノロジーズが上場を果たした。この上場では新規株式を発行せずに、既存の株式を取引所に登録する「直接上場」いう方法が採られた。

なぜ株式を新規発行しないのかと言えば、面倒な手間暇とコストがかかるからだ。通常のIPOは手続きを主幹事の金融機関に頼まなければならないが直接上場はその必要がない。金融機関に手数料を支払わなくて済むから、上場コストは大幅に下がる。

至るところに転がる、株高暴落のトリガー

米国の株高がどこまで続くか。2020年の大統領選での再選を目指すトランプ大統領としては、少しでも引き延ばしたいところだ。米国の場合、401K(確定拠出年金)を抱えている人が多いから、株高につながる政策は国民にとって大歓迎。叩けばホコリしか出ないトランプ大統領が支持され、あるいは黙認されている最大の理由は、自分の財布を潤してくれるからである。しかしながら、株安に転じそうなリスクとして以下のようなものがある。

(1)米中貿易戦争

米中貿易戦争がエスカレートすれば、世界的なリセッション(景気後退)につながる恐れは強い。2019年秋以降になれば、対中関税の引き上げが消費者物価のインフレを誘発する可能性が高く、インフレを警戒して金利をかなり上げなければならなくなる。金利が上がれば、安易な間接金融の恩恵に浸っている米企業の負担も増すので、株価は下がらざるをえないだろう。

(2)中国経済の崩壊

中国経済の崩壊も懸念材料で、今、中国の国有企業や地方政府の赤字状態は深刻だ。中国政府は必至に金をばらまいて景気対策をしているが、米国との激しい制裁合戦が続く中、向こう1年の間に中国経済が決壊する可能性は排除できない。

(3)米国とイランの衝突

ホルムズ海峡危機や、サウジアラビアの石油施設への空爆で原油価格が高騰するのは原油輸出国の米国にとってはむしろプラスだが、実際にイランと間で戦闘状態に突入すれば話は別である。リスクオフによる株価下落は避けられそうにない。

(4)ドイツ銀行の経営危機

ドイツ銀行の危機がリーマンショック級のインパクトを引き起こす恐れもある。ドイツ銀行がメインバンクで同銀行から巨額の資金をファミリービジネスに対して融資を受けているトランプ大統領は「優れた銀行だ」などと言っているが、どこをどう探しても優れているところはドイツ銀行に残っていない。特に酷いのは投資銀行部門で、救済不能なハチャメチャなディールを世界中、特に北欧と旧東欧圏で行っている。そこで生じた不良債権を縦横斜めにみじん切りして、証券化し、ピカピカに仕立てた金融商品が世界中で出回っているのだ。そのような怪しげな金融商品の絶対額はリーマンショックの時を超えたとも言われている。

(5)トランプ大統領自身

マジックを駆使して株価を盛ってきたトランプ大統領がダメージを受けたり、失脚すれば、株価に多大な悪影響を及ぼす。スキャンダルまみれの大統領だから、どこで地雷を踏むか分からない。また、パウエルFRB議長が正気に返って、自分から辞表を叩きつける事態になれば、これもトリガーになるだろう。

異常に跳ね上がった米国の株価がさらに上昇する理由は乏しく、今は谷に向かう直前の状況にある。トランプマジックは剥がれ、市場では「トランプ自身の支離滅裂なツイッター相場がリスクそのものだ」という見方が定着してきた。

「山高ければ谷深し」の歴史は繰り返されるのだ。

※この記事は、『プレジデント』誌2019年10月4日号pp.82-83を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。