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MBAダイジェスト 2019/09/26

リーン・スタートアップのビジネスモデル研究(3)リーン・スタートアップと親和性がある「デザイン思考」



執筆:岸原直人(BBT大学院MBA本科修了、パナソニック株式会社 デジタルマーケティング推進室 課長、アプライアンス社事業開発センター ゲームチェンジャーカタパルト Versatile Player)
対象科目:リーン・スタートアップのビジネスモデル研究(谷中修吾 教授)

これまでの2回で、リーン・スタートアップとは、構築する(Build)・計測する(Measure)・学習する(Learn) のプロセスであり、顧客のフィードバックを得て、データを基に仮説検証し、最小の時間とコストで成果を出す、「無駄のない起業プロセス」であることを説明してきました。第3回目の今回は、それを補完する思考法として、リーン・スタートアップと親和性があるデザイン思考について紹介します。

デザイン思考(Design Thinking)とは?

デザイン思考の目的は何か? ひとことで言えば、他の思考法と同様、「問題解決」です。では、なぜこれほど注目を浴びているのでしょうか? それは、従来の「テクノロジーを使っていかに問題を解決するか」ことが中心の思考法と異なり、デザイン思考は「いかにその人の課題を解決するか」という人間中心の考え方だからです。

産業革命時代は大量生産化が企業、さらには社会の成長のドライバーであり、その後はより早く、よりよく生産するための最適化・効率化が重要でした。しかし不確実性が高く、変化が激しい21世紀の情報化社会においては、「技術的な実現性」、「ビジネスとしての持続可能性(収益性)」と、そして「顧客の課題・ニーズ」の3つの交点を抑える必要があります。それを実現する方法の1つがこのデザイン思考です。

必要なのはテクノロジーではなかった:デザイン思考が生み出した「新生児保温器」

ではデザイン思考により、どのように技術中心ではなく、人間中心の問題解決が実現できるのか? デザイン思考の総本山であるスタンフォード大学のd-schoolから生まれた、発展途上国の早産など低体重出産の新生児の命を救うための「エンブレイス新生児保温器」の事例をもとに説明していきます。

世界では、数百万人の早産児が産まれ、そのうち約100万人が生後24時間以内に、低体温が原因で亡くなっています。出生児の体温を保つための保育器は1台25,000ドル(日本円で約270万円)にも及び新興国では高価すぎ、本来は救えた命を救えていないのが実態でした。

そのためd-schoolのメンバーは、既存品の1%の低価格の保育器を新たに大量生産し、早産児を救うプロジェクトを立ち上げました。問題を正しく共感する(Empathize)するために、d-schoolのメンバーは新興国の1つであるネパールを実際に運び、多くの人々にインタビューし、何が起きているのかを観察しました。

メンバーが目にしたのは、ネパール都市部には実際には保育器があるものの、その多数が使われていないという実態でした。ネパールの早産児の多くは、電力がない地方部に住んでおり、そこから電気を使った保育器のある都市部に移動している間に、体温を維持できず亡くなっているということが、問題の本質だったのです。

このプロセスを経て、「電力を使わない超低価格のポータブルなプロダクトを生み出し、地方の早産児を救うこと」という新たな問題を定義(Define)しました。
前回学んだPIVOTの「顧客ニーズ型」にも相通じます。)

彼らは、早産児を電気無しで保温する案を、できるだけ多く創造(Ideate)していきました。そして実際にプロトタイプ(Prototype)を現地で作成しては、どの素材が良いのか、どの色が良いのか、どうやったら利用者が混乱せず直ぐに正しく使うことができるかを、まずは早産の子羊から始め、次に人の早産児にテストし、さらに多くの病院で様々なテスト(Test)を繰り返しては、意見を取り入れ、改善していきました。

共感する(Empathize) - 問題定義する(Define) -創造する(Ideate) -プロトタイプ(Prototype) – テスト(Test)する


リーン・スタートアップの 「構築する(Build)-計測する(Measure)-学習する(Learn)」のにも通じるプロセスを高速回転で繰り返し、ついに、電気を使わずに、加熱できるパラフィンパックを入れたポータブル寝袋型の保育器を開発しました。

この保育器がただ単に早生児の体温を保つ、ということのみを目的にしていたら、この寝袋型のようなプロダクトにはならず、従来の保育器の低価格版のような別のガラスケースや、透明プラスチックのケースになり、早生児とその家族は病室の中と外で隔離され続けることになっていたでしょう。

しかし「人間中心の問題解決」であるデザイン思考に基づき開発されたこのポータブル寝袋型の保育器なら、家族が早生児の表情・呼吸等を確認しながら、自ら抱きかかえることができます。こうした人間中心のアプローチと、当初目標を大きく下回る低価格が、人々の多くの指示を受け、市場導入が進み、新興国の20万人を超える命を救いました。

MRIが宇宙船に?:GEヘルスケア社 MRIにおけるデザイン思考活用事例

もう一つ事例を紹介します。

GEヘルスケア社は、病院にあるMRI(磁気共鳴画像装置)の稼動実績においてトップクラスのシェアを誇ります。同社のMRI技術主任者であるDoug 氏は性能向上や小型化に向けて必死に日々研究開発を行っていました。

しかし病院の検査室を実際に訪問して、彼が目にしたのはMRIに入るのを恐れ泣き叫ぶ子供達でした。ハードウェアそのものを変える投資は出来ない中、彼と彼のチームは、いかにしてMRIを子供達にとって怖くないものに変えるか、すなわち、ユーザーエクスペリエンス(UX)をどう変えるか?にフォーカスしました。

そこから生み出されたのは、MRI検査室全体をまるで宇宙空間のように描き、MRI本体をまるで宇宙船のようにペイントするという取組でした。「MRI検査」という怖い体験を、「宇宙を冒険する」という子供達にとって特別な体験に変えたのです。

かつて彼らを恐れさせていた検査中の騒音は、「飛行中の宇宙船の音」とその意味を変えました。まさにデザイン思考による「人間中心のアプローチ」が、MRI検査をまるでディズニーランドのアトラクションに乗るようなUXに変えたのです。
(これも前回学んだPIVOTの「顧客ニーズ型」にも相通じます。)

このようにデザイン思考は、「技術的な実現性」、「ビジネスとしての持続可能性(収益性)」と、そして「顧客の課題・ニーズ」の3つの交点を押さえたアプローチであり、「無駄のない起業プロセス」であるリーン・スタートアップと非常に親和性が高いものです。

皆さんもこのアプローチを活用し、どのように自らのビジネスモデルを磨き上げることができるか、顧客ニーズを解決することができるか、チャレンジしていってください。

岸原直人

BBT大学院本科 修了生
パナソニック株式会社
デジタルマーケティング推進室 課長
アプライアンス社事業開発センター ゲームチェンジャーカタパルト VersatilePlayer

1971年埼玉県所沢市生まれ
早稲田大学卒業後、松下電器産業株式会社(現:パナソニック株式会社)に入社。国内外営業・マーケティング、海外広報を経て、2012年から2015年まで米国地域統括会社でブランドマーケティングに従事。帰国後は本社経営企画での勤務後、2017年より新設されたデジタルマーケティング推進室で、グループ全体のデジタルマーケティング化を推進中。また2018年からは、「社内複業制度」を活用し、家電部門の新規事業創出組織であるゲームチェンジャーカタパルトに参画。

大学時代始めたアメリカンフットボールに今も夢中。米国勤務時代は、全世界最大規模のスポーツイベントと言われるスーパーボウルを、『一生の一度のチャンス』と捉え、1席数十万円のチケットを購入して観戦。また、現在も40歳以上のメンバーで構成される『シニアアメリカンフットボール』のチームに所属し、プレーを継続。アメフト以外でも、トレイルランニングに熱中。毎年複数の大会に参加している。また「トレーニングで街創り」というビジョンを掲げる『Daddy Pak Training』に所属し、日本初の都市型障害物レースイベントを行う等、社会起業にも活動の幅を拡大。大前学長の「やりたいことは全部やれ!」という教えをまさに実践している。

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