BBTインサイト 2019年9月26日

競争しない競争戦略<第1回>「競争しない競争戦略」とは「競争しないという競争の仕方を選択した戦略」



講師:山田 英夫(早稲田大学ビジネススクール 教授)



「競争しない」という競争戦略があるということを、3回に分けてお話しする「競争しない競争戦略」。競争しないというのには、どんな意義があるのでしょうか? 競争しないこと、ニッチ戦略、そして協調戦略と、この3つをテーマに、競争しないことが、いかに会社の利益率を高めていくかというお話をしていきます。第1回目の今回は、そもそも競争しないというのは、どういう意義があるのかご紹介していきましょう。

1.競争し過ぎるととどうなるのか?

競争しないことにどのような利点があるかをお話しする前に、まず日本企業の現状がどうなっているのか、簡単にご説明します。

過去30年ぐらいの日本企業の売上高営業利益率の推移は、残念ながら右肩下がりで動いています。



図の青い線が製造業で、赤い線がサービス業です。サービス業は低位安定であるのに対し、下がっているのが製造業です。すなわち、全体の利益率を下げている犯人は製造業にあると、データから判断することができます。何故かと言うと、グローバル化の影響を一番受けるのが、製造業だということです。全くコスト構造の違う国から競争を仕掛けられ、ここ30年ぐらいの影響が、ダイレクトに数字に反映されているのです。

では、競争をしないことにお話しを持っていく前に、競争し過ぎるとどうなるのか。競争過多の業界である医薬品卸、ガソリンスタンド、損害保険の3つの例をご紹介します。

① 医薬品の卸の業界

医薬品業界は、高齢化や医療費の高騰を受けて、市場は拡大しています。それだけ見ると、企業数も増えているかと思われがちですが、実は医薬品卸の企業数はどんどん減っており、最近では大手5つぐらいのグループに集約されています。

そもそも医薬品卸という業態は、売っている商品を自分たちで作っておらず、どこかから仕入れて販売している。言い換えれば商社のような存在で、製品の差別化が難しい。そうなると、規模の経済性が効いてきます。各社がちょっとずつやるとコスト高になってしまうので、複数の企業が一緒になって合併してやっていく。その結果、企業が集約してきた典型的な例と言えます。

② ガソリンスタンド業界

医薬品卸の業界とほぼ同じなのが、ガソリンスタンド業界です。
まず全体の需要の推移を見ると、市場規模としては、2005年ぐらいをピークに頭打ちとなり、現在は減少傾向にあります。そんな中、企業数は減ってきました。最近では、4つぐらいのグループになっています。

例えば車にガソリンを入れるとき、Aというガソリンスタンドで入れるのと、Bというところで入れるのとでは、レギュラーかハイオクかといった違いがあるにしても、大差ありません。だからみなさんは、価格が安いほうとか、ポイントが付くほうとか、そういう形で選択されていると思います。ポイントも一種の価格ですから、価格しか競争の武器がない業界は、どうしても過当競争になってきます。

その結果利益率も上がらないことから、合併という形で生きていくケースが増えてきました。

③ 損害保険業界

最後に、損害保険業界を見てみたいと思います。現代は様々なリスクが多方面で増えていますので、市場としては伸びています。しかし企業数はだいぶ減少しました。

損保も商品を他社と差別化するのはなかなか難しく、さらに業界の特徴として、大数の法則が効くと言われており、より多くの加入者がいるほうがリスクを分散できます。会社の収益を考えた時にも、大きいほうが有利で、当初10社以上あったのが、今では大体5グループに集約してきました。日本市場が今後あまり拡大しないので、最近ではM&Aにより、海外市場に出て行く会社も増えています。

2.競争する3つのデメリット


① 顧客志向から競争志向に

本来会社というのは、顧客を第一に考える「顧客志向」が一番だと思います。しかし、競争が激しくなってくると、競争会社が何をやっている、もしくは相手はいくらで出してるかなど、そうしたことに目が行って、お客様のことよりも競合のことばかり考えることが起きてしまいます。

② 必要以上の価格の下落

さらに、競合会社が1円下げたら、わが社も1円下げて、またライバルが1円下げて…とやり続け、これ以上下げたら利益が出ないというギリギリの線を越えてまでも、シェアを取るために赤字でやる、ということが起きてきます。こうなると、価格勝負になってしまい、負のサイクルに陥り、営業利益率がどんどん下がってきます。

③ 組織の疲弊

金融業界にはオーバーバンキングという言葉があり、日本には銀行の数が多すぎるとよく言われます。日本の多くの業界でも、同じことをやる会社が多過ぎるために、価格競争になり、それが業界全体の利益率を下げるということがよく起きています。お客様にとっては、安くなるから嬉しいですが、それで会社が潰れたり、もしくは自分が預けていた銀行がなくなったりしたら困るわけです。必要以上の価格の下落は、顧客にもデメリットが生じます。

そして、こういう競争を繰り返して行くと、組織が疲弊します。毎日ライバルの情報を集めて値段を下げて、ということばかりやっていますので、会社としての意思と関係なしに、短期対応を繰り返さなければいけないのです。こうなると、組織が疲れてきます。そして最終的には、社員が疲れてしまい、クリエイティブなことができなくなってしまいます。

3.競争しない状態をいかにつくるか

競争するということは、経営学の視点からどのように見られてきたのでしょうか。マイケル・ポーターの『競争の戦略』を読むと、実は競争しない状況を作り出せば、高い利益率が取れると書いてあります。この本を正しく訳せば『競争しない戦略』となります。競争しない状態をいかに作るか、著者のポーターは元々は経済学、より詳細に言えば産業組織論のフレームで競争を説明しようとしたのですが、そこでは、競争しない状況を作った業界のほうが利益率が高いと言われています。

彼は、業界の収益率というのは5つの要因(ファイブフォーシズ)によって決まってくると説明しています。


① 同業他社との関係性

一番分かりやすいのは、同業他社との競争が数少ない、或いはあまり圧力を受けないという状態だと、利益率がよくなるということです。

② 供給業者との関係性

メーカーでいうと、仕入れ業者が原料の大事な部分を握っていると、供給業者のほうがパワーが強くなって自分の会社は弱くなります。そうすると利益率は下がっていきます。逆に供給業者を選べるような状態、もしくはこちらでコントロールできるような状況になると、利益率は高くなります。

③ 買い手との関係性

買い手が強い場合には、利益率は低くなります。逆にそうでない場合には、自社の利益率が高くなります。

④ 新規入業者との関係性

新規参入が容易な場合は、利益率は低くなります。

⑤ 代替品との関係性

この製品でなくても別の方法で同じ機能が実現できるものがたくさんある業界は、利益率が低くなります。

ここに挙げた5つの要因、例えば、供給業者や買い手側からのプレッシャーが少ない、新規参入の可能性も少ない、代替品にリプレースされる確率も低い、同業間の競争も緩い、というような状態が、利益率が一番よくなります。すなわち競争しないような状態に置かれた会社のほうが、利益率が高くなります。経営の本でも、競争しないことが会社の利益率にメリットがあると言われています。また孫子の一番有名なフレーズである「戦わずして勝つ」も、戦わないほうが良いと言うことを述べています。

「競争しない競争戦略」とはおかしな言葉ではありますが、実は単に逃げているという意味ではなくて、「競争しないという競争の仕方を選択した戦略」と理解してください。



競争しない戦略には、大手企業と戦わず、自分たちのテリトリーを守っていくやり方を『ニッチ戦略』と、自分も相手に与え、相手も自分に与えてというやり方を『協調戦略』があります。後者は、ビジネスとして、お互いに長く繁栄していくような戦略です。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2017年5月5日に配信された『競争しない競争戦略 01』を編集したものです。


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講師:山田 英夫(やまだ ひでお)
早稲田大学ビジネススクール 教授
1981年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。三菱総合研究所にて、主に大企業の事業領域策定、新事業開発のコンサルティングに従事。1989年早大に転じる。専門は競争戦略。学術博士(早大)。デファクト・スタンダードに関する研究では、パイオニア的存在。

  • <著書>
  • 『本業転換‐‐既存事業に縛られた会社に未来はあるか』(KADOKAWA、共著)
  • 『成功企業に潜むビジネスモデルのルール ―見えないところに競争力の秘密がある』(ダイヤモンド社)
  • 『競争しない競争戦略 ―消耗戦から脱する3つの選択』(日本経済新聞出版社)他