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大前研一メソッド 2019/10/07

デモ隊に強硬な香港政府は、越えてはいけない一線を越えてしまったのか?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

香港警察が2019年10月1日、デモ隊に向けて実弾を発砲し、デモに参加していた高校生が一時重体となりました。中国共産党機関紙の人民日報など官製メディアは、香港警察を「暴徒と戦う英雄」と繰り返し称賛し、さらなる強硬措置を促しています。中国は武力で香港を弾圧するのでしょうか。台湾にはどのような影響を及ぼすでしょうか。BBT大学院・大前研一学長に香港や中国、台湾の動きを聞きました。

「国家主権を踏みにじる行為はすなわちテロ行為」というのが中国の理屈

「一国二制度」という中国本土とは異なった法律や経済制度、生活様式の中で自由に生きられる、と思ってきた香港市民が強い危機感を持ったとしても不思議ではない。

香港が英国から中国に返還されたのは1997年。返還に伴って施行された「香港基本法」では、資本主義や言論・報道・出版の自由、集会やデモの自由などの「高度な自治」を少なくとも50年間は保証すると定められている。

しかし、中国政府は徐々に香港の「自由」に対する締め付けを強め、中国政府を礼賛する愛国教育を強いたり、中国政府の意向に沿った人物しか議会や行政長官の選挙に立候補できないような仕組みに変えてきた。50年ではなく22年で早くも一国一制度にねじ曲げられつつある危機感、中国政府への不信感が今回の抗議運動の推進力になっている。あと28年もあるはずだった香港らしさが一気に失われた、と特に若い人たちが感じたととしても不思議ではない。22歳の人が50歳になったら本当に中国そのものになってしまうのだとう感覚を肌身で感じ、大規模な反政府デモが長期化する原因となった。

抗議運動というのは放っておけば時間が解決して収まることが多々ある。くたびれてしまうからだ。

中国政府は今回の抗議運動を「一国二制度」ではなく、「一国」、つまり中国という国家の主権に対する挑戦と位置付けている。「国家主権を踏みにじる行為はすなわちテロ行為である」という理屈である。デモ隊のちょっとした暴力を取り上げて「テロ」と国際社会にアピールし、陸続きの深センで行った軍の鎮圧訓練の映像まで世界に配信している。中国政府がエキサイトするほど、反発の火が燃え上がるのだ。

さらに事態を複雑にしているのが外圧である。日本政府は口をつぐんでいるが、米政府高官は「米国は殺傷能力のある武器の不当な使用を断固として非難する」と語った。英国のラープ外相も「実弾の使用は不相応であり状況を悪化させるだけだ」と香港警察を非難する声明を出した。

トランプ米大統領は「中国政府が香港に対して天安門事件のように武力介入すれば、米中貿易協議で合意が難しくなる」と中国政府をけん制した。香港デモの動向を米中貿易協議に絡めた初めての発言で、当然のことながら中国側は「内政干渉だ」と猛反発。「あくまで国家主権の問題であって、第三者の干渉は受け付けない」というのが中国政府の言い分だ。しかし中国が香港を武力で弾圧すれば中国の人権問題がクローズアップされるのは必至。中国政府としては、それは望ましくない。

そして香港デモの動静を注意深く見守っているのが台湾である。中国とはつかず離れず、取れるものは取って利用するが、中国のやりたいようにはさせないというのが台湾人の一般的な姿勢である。ところが、香港の状況を見ているとそれが幻想かもしれないと思えてくる。多くの台湾人にとって「今日の香港、明日の台湾」であり、来年に総統選を控える台湾では、独立派の蔡英文総統の支持率が上がっている。

共産党一党支配という中国の政治体制は揺るがない

ところで、今回の香港の大規模デモが、共産党一党支配という中国の政治体制を突き崩す一穴になる可能性はあるのだろうか。

中国共産党を心からいいと思っている中国人は恐らく一人もいない。しかし、40年前には絶望的に貧乏だったものが、党の指導の下、30年前に希望が持てるようになり、20年くらい前からは稼げるようになってマンションの一つ、二つ、三つ買えるようになった。「I love 中国共産党」と言っていれば、政治的な自由はなくても、経済的な自由はある程度ある。共産党一党独裁の腐敗や横暴に目をつぶって、自分の幸せを追い求めたほうが得策というのが多くの中国人の本音なのだ。

したがって、トランプ大統領以下国際社会がいくら騒いだところで、香港デモは中国共産党や、今や皇帝とも呼ばれる習近平の権威に傷をつけるような方向では逆効果で、問題の解決にはならないだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌2019年10月18日号pp.96-97を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。