大前研一メソッド 2019年12月23日

トランプ大統領を米下院が弾劾訴追



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米下院本会議は2019年12月18日、トランプ大統領を「ウクライナ疑惑」で弾劾訴追する決議案を可決しました。米憲法が定める、大統領や副大統領と全ての文官を対象として議会が「有罪者」を罷免するための手続きです。下院は、トランプ大統領が対ウクライナ外交を悪用し、2020年大統領選を有利に進めようとして「権力乱用」と、議会からの調査協力の要請を拒否した「議会妨害」の二つの条項を可決しました。この事件をBBT大学院・大前研一学長に解説してもらいます。

ジョンソンやクリントンと同じく、上院で一転無罪か

過去に米国で弾劾訴追のプロセスに入った大統領は1968年の第17代アンドリュー・ジョンソン、1974年の第37代リチャード・ニクソン、1999年の第42代ビルクリントンの3人である。このうち「ウォーターゲート事件(民主党本部で起きた盗聴・侵入事件)を起こしたニクソンは、下院で弾劾訴追が不可避になった時点で辞職した。

ニクソンの場合、下院でも上院でも与党・共和党が少数だったうえ、共和党内部の支持も少なかったため、辞職した。ジョンソンとクリントンは上院で両氏とも無罪となっている。

次の舞台は2020年1月上旬にも始まる上院での弾劾裁判に移る。トランプ大統領の場合は、下院で弾劾訴追が発議されても、上院(定数100)は共和党が過半数の53議席を占めるので、共和党議員が寝返らない限り、弾劾決議で「有罪」になる可能性は低い。

弾劾訴追の根拠=「ウクライナ疑惑」とは

ウクライナ疑惑は、2020年11月の大統領選挙で民主党の有力候補になっているジョー・バイデン前副大統領に関する2016年当時のスキャンダルの調査を、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に軍事支援をちらつかせてトランプ米大統領が依頼したとされる問題である。

ホワイトハウスが公表した両大統領の電話会談の記録によると、トランプ大統領は「バイデンの息子(ウクライナのガス会社プリスマの取締役を務めていたハンター・バイデン氏)をめぐっては多くの噂がある。バイデンが(息子へのウクライナでの)訴追をやめせさせたというものだ。バイデンは訴訟を止めたと自慢気だが、もし調べてもらえれば・・・」と要求し、ゼレンスキー大統領は「状況については理解しているし、精通もしている。次の検事総長は100%私寄りの人間だ。提供してもらえる追加情報があればお願いしたい」と応じている。

電話会談の記録では、トランプ大統領が「米国はウクライナにとてもよくしてきた」と述べると、「1000%正しい。防衛分野で大変な支援をいただき感謝したい」などと平身低頭している。一国の大統領とは思えない卑屈な態度だが、トランプ大統領はその足元を見透かしてバイデン潰しに利用しようとしたのだろう。

そもそも、今回の疑惑が明るみに出た発端は内部告発者の存在である。その人物はCIA(中央情報局)職員で、ホワイトハウスに上記の電話記録を隠蔽するように命じられたが、「それは許されることではない」と考え、一部の新聞社に情報を提供した。

これに対してトランプ大統領はツイッターで内部告発者を脅かすような発言を繰り返し、内部告発の内容についても「二次的情報」「間違っている」などと主張している。だが、すでに直接的な情報を持っている二人目の告発者も現れたと報じられた。

「ウクライナ疑惑」を乗り切ったとして、今後の大統領選を左右する大きなカギを握りそうなのは、トランプ大統領の納税申告を巡る問題である。トランプ大統領は納税申告書の開示を拒否して訴訟まで起こしているが、この問題が長引けば、プア・ホワイト層からの支持を一気に失うことも考えられる。かといって、申告が公開されれば、今度はやっかみや不正申告への怒りで支持層から見放される。トランプ大統領の劣勢が見えてくれば、共和党から反乱分子が出て来るだろう。

※この記事は、『大前研一ライブ』2019年10月6日、27日、12月8日、15日配信分を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。