BBTインサイト 2020年2月25日

「ストレス」の正しい意味、知っていますか? 企業が取り組むべきストレスマネジメントの基本



講師:川上真史(ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 グローバル経営学科 専任教授 同 大学院 経営学研究科 教授)

企業と心理学と聞いて多くの方が興味を持つのが「ストレスマネジメント」ではないでしょうか?
ストレスマネジメントを正しく理解することは非常に重要ですが、実は「ストレス」という言葉自体が混乱の元になっているのが現状です。ここでは、企業が取り組むべき正しいストレスマネジメントについてご紹介します。

ビジネスにおける「チームワーク」の機能を、心理学の研究から考察していきましょう。

1.「ストレス」には2つの意味がある。「ストレッサー」と「ストレス反応」

「ストレス」という言葉は日常用語ですが、実は心理学ではストレスという言葉をストレートに使いません。なぜかというと「ストレス」には、2つの違った意味があるからです。

ひとつめの使い方はこうです。

「あの上司がストレスだ。クレーム対応でストレスがたまる」

よく言いませんか?

ところが、まったく別の使い方があるのです。

「ストレスで胃が痛い。ストレスで何もやる気が起こらない」

ひとつめはストレスの原因を言っていますが、もうひとつはその結果生じる精神的・肉体的障害について言っています。原因と結果の両方をストレスという言葉でまとめてしまっていることが、混乱の元となっているのです。

心理学では、原因と結果を使い分けます。ストレスの原因は「ストレッサー」です。皆さんも「あの上司がストレスだ」と言わず、「あの上司がストレッサーだ」と正確に言ってください。そしてストレッサーがあり続けることで、体や心に出てくるネガティブな症状を「ストレス反応」と言います。ストレスで胃が痛いのではなく、ストレス反応で胃が痛いわけです。

しかし、原因と結果を混同したままストレスマネジメントをやっている企業が多いのが現状です。
そのほとんどがストレス反応をどうやって癒やし、解決すればいいのかに焦点を当てています。もちろん、ストレス反応の解決は当然やらなければいけません。しかし、原因と結果のどちらに手を打つのが効果的かと言えば、原因に決まっています。ストレッサーを明確に特定して解決していくという視点が大きく欠落しているのが、日本のストレスマネジメントの課題です。

2.ストレッサーに対処する「コーピング」とは?

では、どのようにストレッサーに対処していけばいいのでしょうか?ストレッサーに対処していくことを「コーピング」といいます。ストレッサーに積極的に対処する人と、消極的な対処しかしない人にわかれます。積極的に対処する人はストレス反応が低く、消極的な対処しかしない人はストレス反応がいつも高いです。

ストレッサーに積極的に対処するというのは、問題解決と支援獲得です。
問題解決コーピングとは、ストレッサーになっている問題を自分で解決することです。例えば、とんでもないクレームが自分のストレッサーになり、ストレス反応も高まってきているとします。そうなった時に、そのクレームから逃げずに少しでも軽減できれば、ストレッサーが下がるわけです。

ただ、自分の力で解決できないからこそストレッサーになっているというケースがあります。その場合は支援獲得コーピングです。誰かに支援を求めて解決していくのです。支援を人に求めるのは弱いとか消極的であると誤解している人が多いのですが、これは積極的コーピングです。間違えないでいただきたいのは、誰かが支援してくれるまで待っているというのは積極的ではありません。自分で支援を獲得しにいくから積極的なのです。この2つのコーピングを行う傾向のある人は、ストレッサーがあったとしてもそれを軽減していくことができるので、ストレス反応が高まりません。

一方、消極的コーピングも2つあります。
まず、あきらめ(我慢)コーピングは、ストレッサーがあってストレス反応が高まってきても、最初から解決をあきらめて耐えているだけです。もうひとつが逃避です。例えば上司がストレッサーなら、できるだけ上司に会わないようにするのです。この2つのコーピングをやっているとどうなるでしょうか?当然ストレッサーは残り続けます。ストレス反応がどれぐらい深まっていくかは、ストレッサーの総量×それが存在し続ける時間の長さで決まるので、放っておけばおくほど影響が大きくなります。

そこで、企業でもコーピングをどうやって推進していくかが重要になります。企業の中でも必要なストレッサーはありますが、不必要なストレッサーもいっぱいあります。それを企業が主導して解決していけば、社員は前向きに仕事ができるでしょう。

ただ、企業でストレスマネジメントが進まない理由がほかにもあります。
それがストレス耐性とストレスの解消です。

ストレス耐性が高くて、ストレスの解消法を持っている人がストレスに強い人であるとよく言われます。例えば、ストレス耐性とはストレッサーがありストレス反応が高まっても耐え抜く力です。これは何かと言えば、あきらめコーピングなのです。これではどこかで折れます。我慢しないで、すぐに手を打ってストレッサーを軽減することが重要なのです。

もうひとつがストレスの解消。
ストレッサーがあり、ストレス反応が高まっても他のことに取り組み一時的に忘れることです。ストレス反応が高まってきて、スポーツに行ったりお酒を飲みに行ったりする方は多いのではないでしょうか?もちろん行ってもいいのですが、スポーツから戻ってきてもそのままの形でストレッサーは残っています。これは逃避コーピングです。つまり、ストレス耐性とストレスの解消は2つとも消極的コーピングなのです。

企業におけるストレスマネジメントのやり方は極めてシンプルです。全社員に3点ポイントを共有すればいいのです。1点目は、ストレッサーとストレス反応を分けて考えることです。教育研修を通じてでもいいので全社員に伝えてください。

2点目は、積極的なコーピングです。ストレッサーを正しく解決していくことが重要であることを強調してください。

最後が、ストレス反応の進み方です。ストレス反応は、一般的に四段階で進んでいきます。

第一段階は、疲労感・疲弊感です。どれだけ休んでも、疲労感、疲弊感が抜けなくなってくると、ストレス反応の第一段階です。
そこで放置すると、第二段階に進みます。怒り・攻撃性・イライラ感が増して、ちょっとしたことですぐにキレるようになります。
ここでコーピングをやっておくのが基本ですが、放置すると第三段階にいきます。パニックになって動けない。あるは極端なことを突然やってしまうようになります。この状態になると、自分で積極的なコーピング、問題解決コーピングはできません。したがって、周りの人たち、特に上司が即座にストレッサーを特定し、手を打たないと適応障害まで進んでしまいます。
第四段階まで進むと、適応障害に入りつつある状態になってきます。企業としては第一段階で手を打つようにしましょう。

3.解決できないストレッサーにはどう対処するべき?

それでは、解決できないストレッサーはどうすればいいでしょうか?レジリエンスという言葉があります。これは精神的な回復力です。2種類あって、ひとつは行動的アプローチによるレジリエンス。これはコーピングであり、ストレッサーに対して手を打ち、それを軽減することにより回復させるというものです。もうひとつは認知的アプローチによる回復です。ストレッサーに対する認知の仕方を変化させ、認知の仕方を少しでもポジティブにしていくというものです。

ストレッサーをどう認知するかという研究があります。ストレッサーに焦点を当てる人、ストレス反応に焦点を当てる人、ストレッサーやストレス反応に積極的に対処するのかしないのかという形で4つに分けます。そうすると、一番ストレス反応が低いのは①の人で、一番ストレス反応が高いのは④の人です。④はつらい、しんどいということばかりに焦点を当てて、かつそれを解決する行動をしないので、どんどんストレス反応が高まります。

では、残った②と③のどちらがよりストレス反応が低いでしょうか?実は②です。ストレッサーを解決しなくても正確に認知するだけでストレッサーの総量は認知的に下がり、その分ストレス反応も下がるのです。だから、解決できないストレッサーは正確に具体的に認知しておくことが鍵になるのです。

今回の話をまとめると、まずは企業の中でストレス論の正確な認識を持つことが重要だということがわかりました。また、ストレスの問題に強い人は、我慢強い人ではなく積極的なコーピングを行う傾向の高い人であることも押さえておきましょう。

企業におけるストレスマネジメントの基本は、不要なストレッサーの軽減、除去がポイントになります。不要なストレッサーを出している管理職はいっぱいいます。それは悪であるということを社内で徹底するのです。そしてそういう方々がストレッサーにならないマネジメントをしてもらえるように、経営者や人事部の方々は支援していきましょう。何がストレッサーになっていてどうやれば解決できるのかというのは、企業の中の人が一番わかるはずです。ストレスマネジメントを企業が主体的にやらないといけない理由は、そういうことなのです。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2019年5月27日に配信された『企業と心理学 12』を編集したものです。

講師: 川上 真史(かわかみ しんじ)
ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 グローバル経営学科 専任教授、同 大学院 経営学研究科 教授、Bond大学大学院 非常勤准教授、株式会社タイムズコア代表、明治大学大学院兼任講師、株式会社ヒュ-マネージ 顧問。
京都大学教育学部教育心理学科卒業。産業能率大学総合研究所、ヘイ・コンサルティンググループ、タワーズワトソン ディレクター、株式会社ヒューマネージ 顧問など経て、現職。
数多くの大手企業の人材マネジメント戦略、人事制度改革のコンサルティングに従事。

  • <著書>
  • 『コンピテンシー面接マニュアル』
  • 『できる人、採れてますか?―いまの面接で、「できる人」は見抜けない』(共著・弘文堂)
  • 『仕事中だけ「うつ」になる人たち―ストレス社会で生き残る働き方とは』(共著・日本経済新聞社)
  • 『会社を変える社員はどこにいるか―ビジネスを生み出す人材を育てる方法』(ダイヤモンド社)
  • 『自分を変える鍵はどこにあるか』(ダイヤモンド社)
  • 『のめり込む力』(ダイヤモンド社)
  • 『最強のキャリア戦略』(共著・ゴマブックス)など