大前研一メソッド 2020年4月27日

日本が観光立国になるために欠けていること



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

政府は訪日外国人客数を「2020年には2000万人、2030年には4000万人」から「2020年に4000万人、2030年には6000万人」に目標を上方修正して、「観光立国」の実現を目指す計画「明日の日本を支える観光ビジョン」を2016年3月30日に策定しました。

新型コロナウイルスのような予測不能のリスクはついてまわり、目標数字を再度見直す必要はあるでしょう。訪日外国人観光客は激減していますが、危機を乗り越えた先に「観光立国」への道を拓くべく備えをしておかなければいかません。

日本が観光立国になるためには今までの延長線上ではなく、日本の産業構造をガラリと変える必要があるとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。大学生時代にJTBのアルバイトとして訪日外国人の団体客を日本国中案内して回った大前学長に聞きました。

【資料】「明日の日本を支える観光ビジョン」p.3(最終アクセス2020年4月27日)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kanko_vision/pdf/gaiyou.pdf

自分の好きな日本を「発見する旅行」の需要が拡大

訪日外国人客数が年間4000万人に届いたときには、2000万人が中国からの訪日客だろうと見ている。

先行指標になるのが台湾人で、台湾人の行動パターンを香港人がトレースし(なぞり)、さらにそれを本土の中国人が追い掛けるという傾向がある。2019年は中国、韓国に次いで約489万人の台湾人が日本を訪れた。台湾の人口が約2300万人だから、年間で台湾人の5人に1人ぐらいは日本にやってくる計算になる。それぐらい台湾人は日本が好きだし、刺身も温泉も大好きなのだ。元々中国人は生魚を食べないし、人前で裸になる習慣もない。しかし、今は刺身や温泉を楽しみに日本にやってくる香港人は多いし、中国本土からの訪日客にも広がっている。

一方で台湾人の日本旅はどんどん進化して、有名観光地の「確認旅行」から自分が好きな日本の「発見旅行」に、「モノ消費」から「コト消費」にシフトしている。リピーターはレンタカーやレンタサイクルを利用して自分が好きなところを“深掘り”するのだ。

たとえば、台北の「松山空港」から愛媛の「松山空港」にチャーター便で入り、今治市にある世界最大の台湾の自転車メーカー「ジャイアント」の店舗で自転車を借りて、四国と本州をつなぐ「しまなみ海道」を広島の尾道まで走って、現地のジャイアントの店舗に返却する、といった楽しみ方をしている。

中国人はまだ団体旅行が多いし、1回目の訪日は大阪か神戸から入って富士山を見て東京観光する3泊4日、ないし4泊5日のゴールデンルートが大半だ。しかし2回目の訪日以降、大分の由布院で温泉巡りをしたり、徳島は吉野川の大歩危・小歩危でラフティングを楽しむような「発見旅行」「コト消費」へのシフトも徐々に進んでいる。台湾人に続いて中国人が反復してやってくるようになると、日本のインバウンドはぐっと深みを増して安定するだろう。

日本の旅行代理店はインバウンド需要に対して対応できていない

このように多様化してきたインバウンド需要に対して、日本の旅行代理店はほとんど対応できていない。インバウンドが絶好調だったときも、国内の旅行代理店が恩恵を受けているという話は聞こえなかった。なぜ日本の旅行代理店がインバウンド対応できないのかといえば、もっぱら国内旅行と日本人を海外に送り出すアウトバウンドをメインの商売にしてきたからだ。

インバウンド客をつかまえるためには、それぞれの国でマーケティングを行って、それぞれの国の訪日ニーズに適った商品をつくり、それぞれの国の言葉でプロモーションや販売活動を行わなければならない。さらには来日した観光客を送迎・案内するランドオペレーションも必要だ。

そうした訪日旅行商品のオリジネーション(組成)については、大手はほぼ手つかずに等しい。むしろベンチャーの旅行会社が中国やASEANからの訪日客を集めている。

インバウンドの急増を受けて、2018年1月には改正通訳案内士法が施行され、「通訳案内士」の資格がなくても外国人旅行者に対して有償の通訳ガイドができるようになった。日本の旅行代理店はますます訪日外国人からスルーされる環境になっているのだ。

中国人の訪日客の多くが情報源にしているのは「バイドゥ(百度)」のような検索サイトや旅行サイト、「ウェイボー(微博)」などのSNSで、日本在住の中国人留学生が書き込んだ詳細な日本の情報が載っている。店舗のレイアウト情報もあるし、ガイドが導いてくれるので、中国人旅行客はドラッグストアに入ると目的の商品棚に直行できる。

個人金融資産と空き家を結び付けてインバウンドの受け皿にせよ

日本でのランドオペレーションはもはや無法地帯である。やはり中国人留学生たちがマイクロバスやミニバンを使って訪日客を有償で案内している。見方によっては白タク行為(営業許可を受けずに自家用車でタクシー営業すること)だが、料金はガイド料も含めたパッケージになっていて中国で事前に払い込まれることが多いようで、違法というよりは脱法行為としてまかり通っている。

宿泊場所にしても、ガイド兼運転手が温泉場の安い旅館を手配したり、中国人向けの民泊仲介サイトも活用されている(民泊規制が強まってからは貸しテントでキャンプする手合いも増えている)。支払いも「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」などのオンライン決済サービスを利用するから、スマホで瞬時にできる。もう、やりたい放題なのだ。

さて、日本政府が2030年の目標に掲げた「年間6000万人」は、観光大国イタリアのインバウンドにほぼ匹敵する(2018年で年間約6200万人)。

都市国家を源流とするイタリアは北から南まで地方、街々に個性的な特徴がある。観光資源は豊富だし、どこに行っても食事のレベルが高い。年間6000万人以上の観光客が訪れる理由がうかがい知れる。

日本も観光立国のポテンシャルはあると思う。年間4000万人規模までなら、現状の受け入れ体制を見直したり、積み増せば到達できるかもしれない。数年前に2400万人だったときには民泊が600万泊を担ったが、民泊法が施行されてからは180日ルールなどのために激減している。しかし6000万人となると、産業構造をガラリと変えないと無理だろう。

6000万人の半分は中国人になると思われるので、中国人観光客をいかに呼び込めるかが鍵になる。そのためには、既得権益を守るために中国人留学生を排除するのではなく、逆に優遇して呼び水にするべきだ。できればトレーニングを施してチャンスを与え、旅行業でまっとうに稼げるようにするのだ。情報発信も大いにやってもらう。

国を挙げて法律も変えていくべきで、いつまでも民泊を規制して民泊事業を行うAirbnbをイジメている場合ではない。日本の最大“埋蔵金”は1800兆円の個人金融資産と日本の住宅総数の13%以上を占める空き家である。この2つを結びつけて、空き家を整備して民泊に一年中活用できるようにすれば、インバウンドの巨大な受け皿になるはずだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年5月1日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。