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大前研一メソッド 2020/07/13

10万円はまだ? 2か月経っても届かない特別定額給付金



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部



新型コロナウイルスの経済対策として国民1人に10万円が給付される特別定額給付金――。皆さんの手元には届きましたでしょうか。

2020年5月に同事業を国が開始してから2か月が経過しますが、大都市を中心に、給付が遅れに遅れて給付率(=振込処理件数÷申請件数)が2020年7月8日現在で5割に達していれば“優秀”な方です。

今回、定額給付金の支給の遅さは、いざという緊急事態の時、行政の事務処理能力が欠如していることを露呈しました。日本の行政が「IT化」を今までサボってきたのが原因だとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

国家運営システムをデジタル化しようと真面目に考えている政治家はいるのか?

国民1人に10万円が給付される特別定額給付金は、多くの自治体が8割以上配り終わっているのに対し、東京23区の中にはまだ20%というところがある。

私はこの給付金を新型コロナで損害を受けた飲食業の人に差し上げようと思って心待ちにしていたが、申請から1カ月以上が経った7月9日、ようやく届いた。オンライン申請ひとつ、まともに機能しない。こんな簡単なことがなぜできないのか。

今回、日本の行政がいままでサボッてきたIT化という盲点が明らかになった。さすがに政府も「何とかしなくては」と思ったようだが、肝心の何とかできる人間がいない。

日本には、マスクの在庫がひと目でわかるアプリを開発するなど、コロナ危機で大活躍した台湾の唐鳳(オードリー・タン)デジタル担当大臣のような天才的ITエキスパートがいない。通信担当の高市早苗総務相にこういうことを理解する力はないだろう。

さらに得意じゃない人が、実はIT担当だったという笑えない話もある。自民党の「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」(はんこ議連)会長職について、「会長をしていると、デジタル化に反対という印象で物を語る人が世の中にいるから辞任した」と語った竹本直一IT・科学技術担当相だ。

任命したのは安倍首相だろうけど、この程度の人がIT担当大臣にふさわしいと判断した根拠をぜひ聞いてみたいものだ。妻の選挙でカネを配りまくった河井克行議員を法務大臣に任命したのもやはり安倍さんだ。聞くだけやぼか。

こういうのを見ていると、国家運営システムをデジタル化しようと真面目に考えている人は、少なくとも政治家の中にはいないと思ってしまう。中小企業を救済する政府の新型コロナ対策がもたつくのも無理はない。

補正予算の主な事業のうち、2020年6月に予定された家賃支援給付金の開始は2020年7月14日、旅行支援「Go To キャンペーン」の開始も2020年7月22日にずれ込むことになった。高額な委託費が問題になって事業委託先の公募が仕切り直しされたり、給付の条件を定めるのに難航したことも要因である。このままでは支援を必要とする事業者にいつまでもカネが届かない。

旅行商品の価格をいじる「Go To キャンペーン」には、失敗した前例がある

約1兆7000億円が計上された「Go To キャンペーン」は、初めから歪な構造だと感じた。国内観光振興を目的とした同キャンペーンのトラベル分野は、旅行商品の最大半額相当を補助するもの(1泊最大2万円、日帰りは最大1万円)。このシステムでは、旅館やホテル側は自分たちで価格を決める力がそがれる。

経営で一番大切なのは、お客との接点で価格を設定する能力だ。政府は苦しんでいる旅館の経営を助けるべきで、価格の設定の部分に立ち入るべきではない。価格は顧客と経営体がぶつかるところ。政府が「半額にしろ」と5000円なり1万円なりを出したら、そういう金銭的な補助がなくなったとき、縁の切れ目になる可能性が高い。

過去にも旅行商品の価格の設定に立ち入ったばっかりに失敗した例がある。2009年開港の富士山静岡空港は、当初、ほとんどだれも使ってくれなかった。そこで静岡県の川勝平太知事は5億円をポンと出して、「この空港を利用して静岡県に1泊したら1万円差し上げます」とやったら、中国から殺到し空港は見違えるようににぎわった。しかし、キャンペーン終了後はこなくなった。こういうサービスは持続しないのだ。

やはり政治家と官僚は経営というものを知らない。鉛筆1本売ったことがない。だから、自分たちで調達できる予算をこのようなバカげたバラマキに使ってしまうのだろう。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』 2020年7月5日 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。