BBTインサイト 2020年7月30日

欲求と葛藤の心理学~葛藤を解決するにはどうすればいいのか?



講師:川上真史(ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 グローバル経営学科 専任教授 同 大学院 経営学研究科 教授)

企業に限らず、仕事や生活をしていく中では、葛藤する場面に遭遇することは避けられません。それでは、葛藤とは何でしょうか。そして、葛藤を解決するにはどうすればいいのでしょうか。

葛藤に深く関係するのが、欲求です。多くの種類がある人間の欲求のパターンを知っておくと、葛藤の解決に役立つでしょう。

今回は欲求と葛藤について、心理学の側面から解き明かしていきます。

1.欲求と葛藤の関係

欲求と葛藤の関係からご説明します。葛藤とは、複数の欲求が対立している状態のことです。人間は複数の欲求を持っており、欲求同士が対立することを葛藤と言います。

それでは、どうやって葛藤を解決すればいいのでしょうか。
欲求をゼロに近づけることで解決するポリシーの方がいます。日本人は比較的、「欲求など何も求めない」という思想が好きなように感じます。

一方、多くの欲求を充足させていくことで解決する方もいます。避けたいと思う欲求も含めて、欲しいものはすべて手に入れようとするのです。

いずれにせよ、これらの方法で葛藤を解決するのは無理でしょう。もう少し冷静に葛藤を捉えて、対処していく必要があります。

まず、欲求のパターンを押さえることから始めましょう。マズローの欲求5段階説などいろいろな分類がありますが、私が1番好きなのは有名な心理学者マレーの欲求リストです。人間の欲求をすべてリストアップしており、合計71種類あります。いくつかご紹介します。

まずは、もっと欲しいという「獲得欲求」と、手放したくないという「保持欲求」です。続いて、今のまま、きれいなままで置いておきたいという「保存欲求」があります。さらに、整理整頓したいという「秩序欲求」に、組み立てたい、組み上げたいという「構築欲求」があります。

以上が、物欲的な欲求の5種類です。どの欲求が強いかは、状況によっても変わります。

次に挙げるのが、人間関係に関する欲求です。まずは、人をコントロールしたいという「支配欲求」と、人に従っていたいという「服従欲求」があります。そして、人と同じでいたいという「同化欲求」と、自分の意思で動きたいという「自律欲求」があります。

また、人をいじめたい、さげすみたいという「攻撃欲求」があります。その逆で、人から攻撃されたい、叱られたいという「屈従欲求」もあります。ちなみに服従ではなく「屈従」です。最後は、人と違っていたいという「対立欲求」です。対立とは、けんかがしたいというより、自分と相手を区別しておきたいという欲求です。このように、人に対する欲求も様々です。

他にも様々な欲求があり面白いので、ぜひネットで調べて71種類見てください。「部下や自分の欲求はどういうパターンなのか」を押さえておくと、動機付けに活用できます。また、「どの欲求とどの欲求が対立しているのか」も見えてきます。対立する欲求がわかれば、解決の方法も見えてくるでしょう。

2.葛藤の四つのパターン

葛藤にも様々な種類がありますが、基本的には四つのパターンに分けられます。

まずは、「正と正の葛藤」です。正とはポジティブで、やりたいと思うことです。正と正の葛藤とは、どちらもやりたいけれど、ひとつしかできないというものです。企業で言うと、「この仕事もあの仕事もやりたい。でも時間を考えるとどちらかしかできない」という葛藤です。

こういう葛藤ならいくらでも抱えたいですが、実際に多いのは「正と負の葛藤」です。負とは、避けたいという欲求です。正と負の葛藤とは、やりたいけれど、そうすると問題が起こるというものです。「転職したいけれど、転職すると給与が下がる」というのも正と負の葛藤です。

次が「負と負の葛藤」で、どちらも嫌だけれど、どちらかを選ばなければいけないというものです。「仕事はやりたくないけれど、やらなかったら怒られる」というような葛藤です。嫌な仕事を回避するのか、怒られて評価が下がることを避けるのか、どちらかを選ばなければいけません。

組織の中ではどの葛藤が多いでしょうか。活性化している組織は、メンバーも「あれもこれもやりたいけれど、時間がないので優先順位をつけてどちらかを選ぶしかない」という正と正の葛藤を抱えています。

ところが、「この仕事をやりなさい。やらなかったら評価が下がりますよ」という「負と負の葛藤」をわざわざ作り上げようとするマネジメントも多いのが現状です。学校の教育もしかりです。「負と負の葛藤」が組織や部下の中で起こっていないかを見極めて、選択肢のひとつは「これがやりたい」と思えるようなものを提示するべきです。

さらにもうひとつ、「複合した葛藤」もあります。よいところと悪いところを持った複数の選択肢からどれかひとつを選ばなければいけないというものです。例えば、「この会社にもあの会社にも転職したい。しかし、この会社は給与が下がる。あの会社は家から遠い」というような葛藤です。

このように葛藤のパターンを整理すると、対応の仕方も見えてきます。負をコントロールして正を取っていくのが基本になります。例えば、負と負の葛藤ならば「嫌でやりたくない仕事だけれど、やらないと怒られる。それでは、この中に面白い部分を組み込んでみよう」など、ひとつ正になるような選択肢を加えるのです。

また、物理的に自分の力で充足・解決できるのか、できないのかを整理しておくことも必要です。物理的に無理なのではなく、「嫌だな」という気持ちだけで葛藤状況を作ってしまっていることもよくあります。

人間は常に欲求を充足できず葛藤を抱えているものなので、個人の中でも葛藤が起こりますが、同時に対人葛藤も起こります。対人葛藤とは、対人間で、それぞれの欲求、利害が対立した状態です。

対人葛藤も二つあります。まずは、資源に対する利害の対立です。例えば、企業の中で限られた賞与の原資を皆で分け合わなければいけない場合、利害が対立します。

また、価値観・考え方の対立もあります。これは解決が難しいです。働き方改革がなかなか進まないのは、限られた資源に対する利害の対立もあるのですが、主な要因は価値観・考え方の対立なのです。遅くまで働く人がやる気のある人だという価値観と、プライベートも仕事も両立したいという価値観の対立です。こういう葛藤が前面に出てきてしまう組織では、改革は難しいでしょう。

3.葛藤状況に強い人はどういう人?

それでは、葛藤状況に強い人はどういう人なのでしょうか。

まず、決めないで待つことができる人です。
どちらを選べばいいのか意思決定できない混乱状況の時は、心理学では「何も大きな決断をしない」という鉄則があります。しかし、即座に解決しないといけない葛藤もありますので、常にそうとは限りません。

次に、シミュレーション力のある人です。
シミュレーション力というのは、具体的な結果のイメージを明確に予測できる力です。「この仕事をしたくないけれど、怒られるのも嫌だ」という負と負の葛藤がある時に、「仕事を休んだ時にどういう結果になるのか、休まなかった時にどういう結果になるのか」を具体的に予測できる人は、どちらを取るべきか判断しやすいでしょう。

そして、自分で意思決定する(他者の評価を意識しない)人も強いです。
例えば、大学に行くか行かないかを決める時に他者の評価を気にしてしまうと、対立する葛藤の要素がもうひとつ入ってしまいます。まずは自分で意思決定することが必要です。

また、葛藤処理の方法を多く持っている人や葛藤状況とその解決にエンゲージできる人も、葛藤状況に強いと言えます。葛藤状況を解決していくのが面白いという人がたまにいますが、そういう人はやはり強いですね。

あとは、ソーシャルスキルの高い人です。
ソーシャルスキルとは、人間関係をうまく作っていくためのスキルです。このスキルがベースにあると、特に対人葛藤は解決しやすいですし、このスキルを持っていない人は対人関係で葛藤状況になりやすいです。

対人的な葛藤を処理していく方法もお伝えします。いろいろなやり方を持っているといいので、いくつか紹介します。

例えば「妥協」というやり方があります。これは痛み分けで、正の部分、やりたい部分をお互いに少し減らして、デメリットも同時に減らしていくものです。次に、「競争」です。どちらかが相手に打ち勝ち、正の部分をすべて取るのです。

また、どちらかが相手に合わせて、すべて譲る「譲歩」もあります。
「先延ばし」は、今は結論を出さずに、結論が見つかるまで、そのまま葛藤状態を継続するというものです。
「協調」は、Win-Winとなるように、お互いの正の部分を最大化する方法です。

最後は「3rd Choice」です。お互いに葛藤が起こらない別の案を見つけ出すものです。自分の案が1st、相手の案が2ndだとすると、別の3rdの案が解決してくれることもあります。

どれが有効というわけではなく、いろいろな処理方法を時と場合に応じて使い分けていきましょう。



4.葛藤のマネジメント

最後に、葛藤のマネジメントについてお話します。企業などの組織では必ずと言っていいほど葛藤は起こります。葛藤がある前提で、組織の中でやってほしいことがあります。

まずは、葛藤はよくないことというイメージの排除が必要です。葛藤が起こるということは、組織の一人ひとりが考え、行動を起こそうとしている証拠だと思いませんか。葛藤をビジネスで活用できるよい資源だと捉えられる組織は、今後活性化していくでしょう。

続いて、感情的な葛藤と論理的な葛藤の整理もやりましょう。日本ではどうも、感情の部分と論理の部分が混ざった議論になっているケースが多いように思います。議論の中で「それは私の心情的に許せない」という話が出ることもよくあります。感情と論理をきちんと整理し、切り分けましょう。

また、葛藤の焦点、ポイントの明確化も重要です。葛藤のポイントはどこなのか、どこがずれて葛藤になっているのかを明確にするファシリテーションが必要です。

あとは、ネガティブ欲求の開示促進もやりましょう。ネガティブな欲求は避けたいところですが、皆がポジティブな欲求ばかり言って、ネガティブな欲求を言わない雰囲気になると、余計に葛藤は解決できなくなります。ネガティブな部分もロジカルに説明できるとよいですね。

最終的には、完璧な解決を目指すのではなく、よりよい状況の創出が目標です。すべての葛藤が無くなった状態を目指すのは無理です。葛藤をエネルギーに変えて、よりよい状況になるように改善していきましょう。

まとめると、葛藤状況においては、漠然と悩むのではなく、状況を分析的に捉えたうえで、処理方法を考えることが基本です。今日お話ししたように、欲求のパターンなどを整理してみると、処理方法が見えてくるでしょう。

また、組織では常に葛藤が付きまとうので、葛藤を前向きに捉える雰囲気を作り出すことも求められます。そうすることで、葛藤はポジティブなエネルギーに変わっていくはずです。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2019年12月23日に配信された『企業と心理学 19』を編集したものです。

講師: 川上 真史(かわかみ しんじ)
ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 グローバル経営学科 専任教授、同 大学院 経営学研究科 教授、Bond大学大学院 非常勤准教授、株式会社タイムズコア代表、明治大学大学院兼任講師、株式会社ヒュ-マネージ 顧問。
京都大学教育学部教育心理学科卒業。産業能率大学総合研究所、ヘイ・コンサルティンググループ、タワーズワトソン ディレクター、株式会社ヒューマネージ 顧問など経て、現職。
数多くの大手企業の人材マネジメント戦略、人事制度改革のコンサルティングに従事。

  • <著書>
  • 『コンピテンシー面接マニュアル』
  • 『できる人、採れてますか?―いまの面接で、「できる人」は見抜けない』(共著・弘文堂)
  • 『仕事中だけ「うつ」になる人たち―ストレス社会で生き残る働き方とは』(共著・日本経済新聞社)
  • 『会社を変える社員はどこにいるか―ビジネスを生み出す人材を育てる方法』(ダイヤモンド社)
  • 『自分を変える鍵はどこにあるか』(ダイヤモンド社)
  • 『のめり込む力』(ダイヤモンド社)
  • 『最強のキャリア戦略』(共著・ゴマブックス)など