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大前研一メソッド 2020/08/03

海外比率9割、「世界のシマノ」を築いた名経営者逝去



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

世界的な自転車部品メーカーとして知られる「シマノ」の株価が上場来高値圏にあります。それに伴い、時価総額ランキングが最近になって急上昇しています。「コロナ前」である2020年1月末の時価総額は1.6兆円で日本の86位でした。ところが2020年7月末時点では2.1兆円の61位へと20位以上も順位を上げています。2020年7月末時点で時価総額が近い同社に機械関連のメーカーと比べてみると、コマツ(時価総額約2兆円、ランキング64位)やクボタ(同約1.8兆円、同68位)よりも上位になりました。同社を躍進させた経営者は、創業者の三男の故・島野喜三氏だとBBT大学院・大前研一学長は言います。

島野喜三氏とはどのような経営者だったのか、大前学長に聞きます。

売上高の海外比率は約9割。社内公用語は英語

シマノの島野喜三元会長が2020年月3月3日、慢性心不全のため亡くなった。創業者の島野庄三郎氏の三男として生まれ、1958年に同社に入社。1965年に初の海外拠点となる米国販売会社の社長に就任して全米各地の200カ所以上の取引先を回った。

そして、1980年代に米国の西海岸で始まったマウンテンバイク(MTB)のブームの兆しをいち早くとらえ、耐久性が高く悪路に負けない専用部品を作って供給し、MTBブームの広がりとともに、世界的なブランドを築いた。

1995年に長兄、次兄に続いて4代目の社長に就任すると、英語を社内の公用語に定めてグローバル化を推し進めた。また、自転車部品の技術を活用して釣り具の分野でも世界に進出した。

1970年に約23億円だった海外売上高は、島野喜三氏が会長に就任する前の2000年には約1082億円と40倍以上になった。2019年12月期の連結売上高は約3600億円で海外が約9割を占める。

シマノ製造のホイールやギア、変速機、ブレーキ、レバーなどの自転車部品は、世界的な自転車ロードレースの大会「ツール・ド・フランス」でも多くのチームが使用している。

その中で、海外で成功した大きな要因は、何といっても変速ギアにある。自転車ライダーに聞いてみると、シマノの変速ギアがついていない自転車は買わないという。

ぶっちぎりの技術からくる「嫌なら買わなければいい」と言い切る自信

世界最大の自転車メーカーは台湾の「ジャイアント」だが、ここもシマノの変速ギアなどを取り入れている。シマノでないと売れないからだ。

私が台湾の李登輝総統(当時)の経済アドバイザーをしていたとき、日本と台湾の間で大きな貿易不均衡があり、中身を調べたら台湾にとって一番大きかったのはシマノの変速ギアの輸入だった。

台湾サイドは対日貿易の赤字を是正しようと、何とかシマノと同じクラスのギアができないものか、と国内のギア・メーカーがいろいろ試行錯誤した。しかし、ある程度のところまではできても、お客さんの「シマノでないと安心できない」という声が強かったので、あきらめた。

そこで、私は島野喜三社長(当時)に会いに行き、「貿易不均衡は台湾でも非常に大きな問題になっているので、何とか変速ギアなどの自転車部品を台湾で生産していただけないでしょうか」と頼んだ。すると島野喜三氏は「私は自分の好きなところで好きなものを作る。だから、嫌なら買わなければいい」と言う。

この自信。これがやっぱりシマノの強さなのだろうと感じた。これが「世界のシマノ」を築き上げ、売り上げの9割が海外ということにつながったのだろう。そういう素晴らしい経営者だった。

こういうぶっちぎりの技術を誇る経営者こそ、今後、日本に数多く出てきてほしいのだが、なかなか難しいのではないかと思う。享年85。謹んでご冥福をお祈りいたします。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』2020年7月18日、を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。