大前研一メソッド 2020年10月13日

大前研一が大胆予測:サウジアラビアとイスラエルが国交を結ぶ?

大前研一が大胆予測:サウジアラビアとイスラエルが国交を結ぶ?
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2020年8月13日、米ホワイトハウスとイスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)は共同で声明を発表し、イスラエルとUAEが国交を正常化することで合意したことを明らかにしました。

トランプ米大統領は「歴史的な外交上の進展」と、米国の仲介で実現した外交成果を強調しました。しかし「言うほど『歴史的』でもない」とBBT大学院・大前研一学長は言います。

1948年のイスラエル建国以来、中東では「イスラエル」vs「先住のアラブ民族であるパレスチナ人+パレスチナを支持するアラブ諸国」という対立の構図が続いてきました。しかし、米国の仲介によって1979年にエジプトが、1994年にヨルダンがイスラエルと平和条約を結んで国交を正常化しています。


つまり、UAEはイスラエルと国交を結んだ3番目のアラブ諸国となります。「サウジアラビアもイスラエルと国交を結ぶだろう」というのが大前学長の大胆予測です。予測の根拠となるのは、以下に解説する中東地域の地政学的な環境変化です。

イスラエルが接近したいアラブの本命国はサウジアラビア

イスラエルが接近したいアラブの本命国はサウジアラビア
イスラエルとアラブ諸国の国交回復の仲介役を果たしている米国が本命にしているのはシーア派イランと対抗するスンニ派の盟主、サウジアラビアである。サウジはアラブ世界における米国の最大の同盟国であり、トランプファミリーとサウジ王家も臭いほど親密な関係にある。

トランプ大統領の娘婿で政権の中東政策顧問を務めるジャレッド・クシュナー大統領上級顧問とサウジのムハンマド皇太子もまた超昵懇。サウジのムハンマド皇太子といえばジャーナリスト殺害事件への関与が濃厚として責任問題が取り沙汰されたが、クシュナー氏はまったく問題にせず、事態を乗り切るために個人的な助言までしている。

UAEとイスラエルの国交正常化に関しても電話一本で、UAEのムハンマド皇太子のOKを取り付けていたに違いないが、サウジとイスラエルの国交正常化についても、クシュナー氏はサウジのムハンマド皇太子やサルマン国王と何度も話し合ってきたという。しかし、アラブ世界のリーダーとしては「アラブの大義」を簡単に捨てるわけにはいかない。アラブ諸国にとって、「アラブの大義」とはパレスチナ問題(イスラエルに占領されたパレスチナの解放とパレスチナ難民の帰還)である。

UAEとイスラエルの和平合意を受けて、サウジのファイサル外相は「サウジは従来の『アラブ和平構想』の立場を維持する」と述べている。アラブ和平構想はアラブ諸国がイスラエルと関係正常化を図る条件として、サウジのアブドラ前国王が2002年に示した和平案で、イスラエルの占領地撤退やパレスチナ国家の樹立などが掲げられている。


つまり、サウジはパレスチナ問題を棚上げにしてまでイスラエルと国交回復はしない、とファイサル外相は言っているわけだ。とはいえ健康問題を抱える高齢のサルマン国王に代わって、ムハンマド皇太子のような若い指導者がサウジ国内に台頭してくる中、「アラブの大義」にどこまでこだわれるだろうか。

そもそもサウジとイスラエルの接近の背景にあるのは、地域大国イランの脅威だ。

イスラエルとアラブ諸国は、イラン封じ込めで利害が一致

イスラエルとアラブ諸国は、イラン封じ込めで利害が一致
イスラム教スンニ派大国のサウジとシーア派大国のイランは時々の情勢で融和と対立を繰り返してきたが、2011年の中東民主化の動き、いわゆる「アラブの春」以降は対立を深めてきた。元凶の1つは米国が嘘を並べ立ててイラク戦争を仕掛け、サダム・フセインを排除したことだ。


イラクでは少数派のスンニ派フセイン政権を倒して、米国推奨の「民主的」な選挙を行った結果、当然のごとく、多数派のシーア派が勝利した。サウジとしては国境を接する脇腹の国(イラク)がシーア派の国に変わって、イランの軍事支援まで受けるようになって一気に脅威が増大した。

サウジをはじめ湾岸アラブ諸国はイランの脅威を食い止めたい。一方、イスラエルにとっても自国を敵視して核開発を進めるイランは今や中東最大の脅威。つまり、「敵の敵は味方」という関係性がサウジとイスラエルの間にも成り立つのだ。

長らく中東情勢は「イスラエルvsパレスチナ」「イスラエルvsアラブ」「ユダヤvsイスラム」という対立構図で語られてきた。しかしテロに走ってでもパレスチナ問題を訴えるような勢力は弱体化して、パレスチナ人の中には「イスラエルと戦っても敵うわけがないし、土地も返ってこない


。仲良くやってハイテクを学んで起業でもしたほうが得だ」と考える若者が増えている。トランプ大統領がテルアビブからエルサレムに在イスラエル大使館を移したときも、メディアは騒いだが現地ではたいした反発もなかった。

米国大統領は就任演説でパレスチナ和平に触れて取り組みを誓うのが通例だが、どの大統領も実現できなかった。現在の政権の中東政策顧問であるクシュナー氏はパレスチナを交渉相手にする気もなく、イラン包囲網を築くために中東を飛び回っている。

「イスラエルvsパレスチナ+アラブ」「ユダヤvsイスラム」という構図はすでに過去のもので、「シーア派vsスンニ派」「親米アラブ諸国+イスラエルvsイラン」という対立構図に明らかに移ってきているのだ。そういう構図から見れば今回の「歴史的成果」は現状の追認、サウジとイスラエル国交の先駆け、と捉えたほうがいいだろう。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』 2020年9月27日を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。