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大前研一メソッド 2020/10/27

安倍前政権を総括する(前編)

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
安倍前政権を総括する(前編)
「歴代最長政権」の称号を手にした安倍前政権の功罪を、BBT大学院・大前研一学長が2回シリーズで検証します。前編の今号は、安倍前首相が「やる」と明言していた3点「戦後レジームからの脱却」「憲法改正」「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」について総括します。


自分で引き延ばした自民党の総裁任期を1年残しての途中辞任

2020年9月16日、安倍内閣が総辞職した。安倍晋三前首相の在職日数は2012年12月の第2次安倍内閣発足から連続で2822日。第1次内閣を含めると通算3188日。通算在職日数で桂太郎元首相(2886日)、連続在職日数で大叔父の佐藤栄作元首相(2798日)を抜いて、いずれも歴代最長である。

安倍首相が辞意を表明したのは、歴代最長の記録を塗り替えた4日後のこと。辞職の理由は1次政権を投げ出したときと同じく、持病の潰瘍性大腸炎の悪化である。

未曾有のコロナ禍の真っ只中の混乱の中最中での辞任であった。自分で自民党の党則を変更してまで連続3期9年に引き延ばした自民党の総裁任期——。それを1年残しての途中辞任は「無責任」の批判を受けたとしても仕方あるまい。

ところが安倍首相の辞任表明後、30%台に低迷していた内閣支持率は50%台まで急上昇した。同情票というか、優しすぎる日本人のメンタリティなのかもしれない。同情票は置いておいて、安倍政権の7年8カ月は正しく総括しなければならない。

政権公約1:戦後レジームからの脱却

戦後レジームとは第2次世界大戦後にできあがった世界秩序のことである。原爆を投下され、ポツダム宣言を受け入れ、敗戦国となった日本は、先の戦争の総括を自国でしないまま、戦後はGHQの占領政策によって戦前を全否定するような思想教育を施され、憲法を押しつけられた。

太平洋戦争とは何だったのか。米国の占領政策は戦後日本の思想体系にどのような影響を与えたのか。日米安保の呪縛はなぜ生じたのか。若い世代のためにもそうしたことを総括すべきだと私は思っている。

憲法にしても国民全体で読み合わせをして、自国なりの新しい憲法を作るのは独立国家なら当たり前。日本と同じ敗戦国であるドイツやイタリアは何十回も憲法を書き直している。押しつけられた憲法を後生大事に抱えている国は日本だけだ。

戦後レジームの見直し、脱却という発想自体は非常に重要で、もし安倍前首相がこれに本気で取り組んでいたら、新時代を切り開いたリーダーとして記憶されただろう。

しかし安倍前首相は手を付けなかった。戦後レジームを見直す作業には占領政策や東京裁判、もっと言えば原爆投下の正当性の検証なども入ってくる。

これらを米国に警戒されて冷遇されると、安倍前首相は手のひらを返した。米国連邦議会で「日本にとって米国との出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした」と歯の浮くような演説をするなど、180度向きを変えて対米従属に戻ってしまったのだ。

私自身は「戦後レジームは見直すべし」という認識だから、米国に媚びて戦後レジームに一層からめ捕られたという意味で、評価は0点どころかマイナス100点である。

政権公約2:憲法改正

次に宿願の「憲法改正」である。第1次安倍内閣で国民投票法を成立させ、公明党と与党を組んで選挙を重ねて、衆参両院で憲法改正の発議ができる3分の2の議席を獲得するところまで持ってきた。こうなれば憲法改正に乗り出さない手はないのだが、結局は実現しなかった。

もしかして安倍前首相は憲法全文を読んだことがないのではないかと思う。それぐらい最初から最後まで9条のことしか安倍前首相は言っていない。私は改憲派ではなく、自分が米国独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンになったつもりで白い紙の上に憲法を書き直すべしという「創憲派」である。

世界中の憲法を研究比較して、30年前から『新国富論』や『平成維新』などの著作でゼロベースの大前版憲法草案を提起してきた。『君は憲法第8章を読んだか』という本では、自民党が12年に発表した憲法改正草案を一つ一つ批判して、どうするべきかを論じている。

そういう立場からすれば、安倍前首相が目指した憲法改正や自民党の12年改正草案はまったく物足りないし、憲法を変えることに対する国民的理解を深めたとも思えない。これも点数を付けるとすれば0点ではなく、マイナス100点だ。

政権公約3:北朝鮮による日本人拉致問題の解決

もう一つ、安倍前首相が政権の最重要、最優先課題に掲げたのが北朝鮮による「日本人拉致問題」である。2002年の小泉純一郎元首相訪朝に官房副長官として随行して以来、安倍前首相は拉致問題をてこに総理総裁へと駆け上がって、「安倍内閣でこの問題を解決する」としばしば強い決意を口にしてきた。

しかし、拉致問題はまったく進展していない。真剣に取り組んでいるように見せていたが、実際にはトランプ米大統領に金正恩朝鮮労働党委員長への伝言を頼んだだけ。

最優先課題と言っておきながら、自らはバッターボックスに立たずに観客席から伝令を出していただけ。解決の糸口も見えないまま、7年8カ月を無策で過ごした罪は重い。これもマイナス100点だと思う。

安倍前首相が自分で「やる」と掲げた3つの政治課題、「戦後レジームからの脱却」「憲法改正」「拉致問題」については何一つ果たせなかった。総合評価は0点ではなくマイナス300点。

次回の後編は、もう一つの重要な評価軸であるところの、安倍政権の内政と外交について総括する。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年10月30日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。

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