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大前研一メソッド 2021/01/12

IPO延期でも、中国アントグループは世界一の銀行になる

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

今や流通総額世界トップのEC(電子商取引)企業である中国アリババグループの金融関連子会社で、世界最大のモバイル決済プラットホーム「Alipay(支付宝、アリペイ)」を運営するアントグループが2020年11月、目前に迫っていた株式の新規上場の延期を発表しました。

アントの上場延期は(おそらく人民銀行総裁などの忠告を受けて)習近平の一声で決まったと言います。実はアントが上場会社にステップアップして世界に本格進出する近未来に対して心底気を揉んでいるのは、中国政府よりも各国政府であり金融当局ではないかとBBT大学院・大前研一学長は考えています。

なぜなら同社は世界の金融システムや既存マーケットを無力化するパワーを秘めているからです。当局の指導に従って上場要件を整え直せば、アントのIPO計画は再び動き出すだろうというのが、大前学長の見立てです。

オンライン金融商品「余額宝(ユエバオ)」は、運用資産規模は世界一

アントの収益源のひとつは金融事業である。消費者や小規模事業者向けの小口金融を中核に、保険業や資産運用業なども行っている。

たとえばオンライン金融商品「余額宝(ユエバオ)」は、アリペイにチャージされている余剰資金を運用するMMF(マネー・マーケット・ファンド、公社債投資信託)だ。最小投資単位が1元(約16円)という手軽さと年率4%を超える高利回りで人気が沸騰し、サービス開始からわずか数年でJPモルガン・チェースが運用するMMFを追い抜いて、世界一の運用資産規模に膨らんだ。

アリペイにチャージした資金に利息が付いて、しかも余額宝はいつでも引き出せる。そうなると銀行の普通預金と何ら変わらない。今でこそ利回りは年率2%を下回っているが、それでもほぼゼロ金利の日本の銀行とは比較にならない。

個人情報を紐付けた信用格付け「芝麻信用」は、欧米や日本の金融機関に存在しない。

そうした金融事業にも活用されているのが、アリペイの決済システムに集まってくる膨大な信用情報だ。12億人超のユーザーの日々の買い物から公共料金や税金の支払い、ローンの返済などありとあらゆるお金の出入りが決済データとして蓄積されている。

それら「ゴマ粒」のような信用情報を集積して、個人または法人の信用力をスコアリング(数値化)する評価システムは「芝麻(ゴマ)信用」と呼ばれ、アントはこれを開発、事業化しているのだ。

中国では芝麻信用のスコアが社会的な信用に結びついて、スコアが高いほどローン金利や融資限度額が優遇されたり、各種サービスの予約や決済、デポジット(保証金)免除などのメリットがある。中国人がスコアアップに躍起になるのも当然だ。

芝麻信用のスコアはアリペイの決済履歴のほか、学歴や勤務先、資産状況などの個人情報に基づいて算定されているようだが、そこまで広く個人情報を紐付けた信用格付けというものは、欧米や日本の金融機関にはない。

日本の銀行などは預金と融資の担当者が別々で、10年付き合っても信用格付けができていないのだ。融資申請でいまだに何枚も書類を書かされるし、実印も捺さなければならない。審査に何日もかかる。スマホで融資を申し込むと、ビッグデータに基づいてAIが融資判断を行い、数分以内に送金されてくるアントの小口融資のシステムとは次元が違いすぎる。

「アントが“世界制覇”の武器になる」ことに習近平は遠からず気づく

世界で最も効率のいい金融プラットホームを築き上げたアントは、私の目には「21世紀の理想の銀行(金融機関)」を体現しているように映る。彼らがその強烈なシステムで丸ごとよその国に攻め入れば、既存の金融機関やクレジットカード会社はまったく太刀打ちできない。

日本では地銀をまとめて第4のメガバンクをつくろうなどという話が出ているが、そんなものは枕を並べて討ち死にである。今はまだ中国政府が手綱を抑えている状況だが、アントがチンギス・ハーンのごとく世界制覇の野心を剥き出して日本に本格的に進出したときには、日本の銀行は駆逐されてしまうといっても過言ではない。

それに、習近平が個人的な怨念に基づいてアントの上場を阻止したとしたら肝っ玉が小さい。「国際決済ネットワークのSWIFT(国際銀行間通信協会)などを武器に、気に入らない国に制裁をかける米国」に対する最大の武器がアントなのだということに、習近平は遠からず気がつくだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年1月15日 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。