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大前研一メソッド 2021/03/08

「中国が唯一の競争相手」、バイデン米大統領が国家安全保障戦略の指針を発表


大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

バイデン米大統領は2020年3月3日、外交・軍事政策の指針となる暫定版の『Interim National Security Strategic Guidance』を発表しました。

同指針ではウイルスの感染拡大や気候変動など、地球規模の脅威に直面しているとするとともに「民主主義国家が権威主義的な勢力からの挑戦を受けている」としたうえで、脅威をもたらす国として中国、ロシア、そしてイラン、北朝鮮を挙げています。

そして、同盟関係の強化を優先課題に位置づけ、NATO(北大西洋条約機構)などとの同盟を「最大の同盟資産」だとしています。バイデン米大統領の「国家安全保障戦略」について、BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

【資料】『Interim National Security Strategic Guidance』
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/03/03/interim-national-security-strategic-guidance/

世界における指導的地位を早急に取り戻す

同盟関係を軽んじたトランプ前政権の「アメリカ第一主義」と決別して、国際協調路線に回帰する。

バイデン大統領は2021年1月20日の就任初日に15件の大統領令に署名している。WHO(世界保健機関)からの脱退手続きの撤回、連邦施設内でのマスク着用義務化、メキシコ国境の壁建設中止、一部イスラム国家からの入国禁止措置の解除、巨大パイプライン建設許可の撤回など、大半はトランプ路線を否定し覆すような内容である。

トランプ前大統領が2017年に離脱を表明し、2020年11月に正式脱退したパリ協定(2015年12月にパリで採択された気候変動抑制に関する多国間の国際協定)に復帰するための大統領令にも署名した。気候変動問題に懐疑的で米国の産業を制約するような環境規制を弱体化してきたトランプ前大統領に対して、バイデン大統領は大統領選挙中からパリ協定への復帰を公言し、2050年までに温室効果ガスの排出実質ゼロを目指すことを公約として掲げていた。

対欧州は、関係修復

バイデン政権の誕生と米国のパリ協定復帰を何より歓迎しているのは、気候変動問題を主導してきた欧州勢だろう。トランプ外交は行き当たりばったりで緻密な戦略があったわけではないが、欧州との関係をきわめておろそかにしたことは間違いない。パリ協定を踏みにじったばかりか、NATO(北大西洋条約機構)もケチョンケチョンにけなして、離脱をちらつかせながら欧州のNATO加盟国に軍事費支出の増大を迫った。

トランプ前大統領は、米国が突出してNATOの軍事費を負担していることが大いに不満だったが、もともとNATOは、米ソ冷戦期にソ連に対抗するために米国が中心となって西欧諸国と結成した軍事同盟である。冷戦が終結して久しい今、ロシアのプーチン大統領と気脈が通じているドイツのメルケル首相などは、米国さえ騒がなければNATOを縮小したいのが本音で、軍事費をかけなくてもロシアとうまくやっていけると思っている。

従って、欧州勢からすれば国際協調路線のバイデン政権の誕生は望ましいし、パリ協定復帰に向けた大統領令の署名にはNATO同盟国に対するバイデン政権の明確なメッセージが込められているのだ。

対中東は、イスラエルとスンニ派の宥和(ゆうわ)を図る

トランプ外交の後遺症という意味では、中東のほうが傷は深い。トランプ政権は中東政策の軸足をあからさまにイスラエルに寄せた。歴代大統領で初めてエルサレムをイスラエルの首都として承認して、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転、イスラム世界の反発と国際社会の懸念を招いた。さらに娘婿のジャレッド・クシュナー氏に隠密外交をさせて、イスラエルとイスラム教スンニ派大国のサウジアラビアを急接近させ、UAE(アラブ首長国連邦)、バーレーン、スーダン、モロッコなどのスンニ派イスラム国家とイスラエルの国交回復をバックアップした。

最終的にはイスラエルとサウジアラビアの国交正常化を目論んでいたようだが、仕上げるに至らなかった。それでもイスラエルとアラブ諸国の国交正常化をトランプ前大統領は「歴史的な和平合意」と自画自賛していた。

確かに、長年対立していたイスラエルとアラブ諸国の関係を変える第一歩にはなりえるが、一方でスンニ派イスラム国家とイスラエルの関係改善は、スンニ派対シーア派というイスラム教の古くからの対立構造を深刻化させかねない。中東のシーア派国家といえば大国イラン、イラク、シリアなどがあるが、いずれも中東情勢の大きな不安定要因になっている。

バイデン政権になって親イスラエルの中東政策が大きく変化するかといえば、米国内のユダヤロビーの存在を考えると、これは難しいだろう。

たとえば、これまたトランプ前大統領が勝手に離脱したイラン核合意にしても、パリ協定のようにバイデン政権が復帰に向けて歩み寄るかはわからない。イスラエルとの関係が大事な米国からすれば、イランとの関係改善に決定的なメリットを見出せないからだ。核合意に戻ったとしても、「勝手に抜けて勝手に戻ってきて『合意を守れ』とはどういう態度だ」とイランから強気に出られるのが関の山である。イランの核開発が止まる保証もない。

従って、バイデン政権にとってもイラン関係は優先順位が高くないから、当面は前政権が敷いたイスラエルとスンニ派の宥和を基軸にやっていくしかないと見る。

対北朝鮮は、オバマ時代に逆戻り

一方、トランプ外交の成果を挙げるとすれば、歴史的な首脳会談を実現した米朝関係である。ただし、トランプ前大統領は金正恩朝鮮労働党委員長とは互いに話し合いで「何とかなる」と甘く見ていて、結局対話は続かずに物別れに終わった。

バイデン政権になってから北朝鮮との関係はどうなるかといえば、オバマ時代に戻ると思う。すなわちバイデンと金正恩のトップ同士の直接ミーティングはせず、日韓などと連携して北朝鮮に圧力をかけていく形になるだろう。

対中国は、世界における覇権争い

バイデン外交の最大のテーマは、やはり対中関係である。台頭する中国を「安定的で開かれた国際システムに持続的に挑戦する唯一の競争相手」と位置づけ外交演説でバイデン大統領は中国を「最も重要な競争相手」と位置づけている。「米国の繁栄や安全保障、民主的な価値観への挑戦に直接対処する」とした一方、「米国の国益に適うなら中国政府と協力していく用意もある」とも述べている。

バイデン政権で新国務長官に就任したアントニー・ブリンケン氏は、オバマ政権下で国家安全保障担当大統領補佐官や国務副長官を歴任した人物で、上院の公聴会で「トランプ氏の中国への厳しい対応は正しかった」と述べて対中強硬路線の継続を示唆した。

今後の米中関係は3つの側面から考える必要がある。

(1)軍事
今やアメリカにとって最大の軍事的脅威は中国であり、実際に軍事衝突に発展する可能性が高いのは台湾海峡だ。中国は台湾や米艦隊への攻撃用にハイテクの極超音速滑空ミサイルを実戦配備していて、これは迎撃不能と言われている。中国からは内政干渉と非難され、しかも世界に冠たる米艦隊が沈められかねない台湾有事にどこまで本気で介入するのか。台湾問題はバイデン政権にとって大きな試練になるし、政権の覚悟が問われる。

(2)米中貿易
米中関係の2つ目のポイントは「貿易」である。トランプ前大統領は「米国の雇用を取り戻す」と言って中国製品に高い関税をかけたが、雇用は全然戻らなかった。それどころか関税がかかって輸入品が高くなれば、割を食うのは米国の消費者である。政府は関税収入を無駄使いの原資とした。

世界の最適地で生産された安くて良いものが消費者に届くサプライチェーンの現実を、グローバル経済、ボーダレス経済下では受け入れざるをえない。米国は中国からの廉価な輸入品が国内の消費者を助けている、インフレ抑制の大きな力になっている、という発想に変える必要がある。

(3)世界標準の覇権争い
中国は2028年頃にGDPで米国を抜くと言われているが、中国が次に狙っているのが「世界標準」だ。各種の国際機関のトップに中国人を送り込んでポジションを得て、中国のスタンダードを世界標準に変えていく。日本のJIS(日本工業規格)やアメリカのANSI(米国国家規格協会)などに代わって中国の技術規格を世界標準にしていこうというのだ。

このような3つの領域から、中国は強国化戦略を着々と進めている。今の米国にはこれに敵う国家ビジョンや対抗戦略がなく、後手後手に回ってモグラ叩きのように対処しているのが実情だ。バイデン大統領は外交演説で「(中国の)経済の悪用と攻撃的で威圧的な行動、人権と知的財産、グローバル・ガバナンスへの攻撃に対抗していく」と口では語っているが、政権の性格からしてトランプ前政権のような無茶な圧力はかけにくい。

※この記事は、『プレジデント』 2021年3月19日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。