大前研一メソッド 2021年4月19日

コロナ禍が収束しても、「就職氷河期」の到来は不可避か?


大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2021年3月15日に帝国データが公表した「2021年度の雇用動向に関する企業の意識調査」によれば、正社員(新卒・中途入社)の採用状況について、2021年度(2021年4月〜2022年3月)に「採用予定がある」と回答した企業は、2020年度同調査から3.9ポイント減少して55.3%となり、3年連続で減少しました。

2022年度も引き続き新卒採用の抑制が見込まれています。そして、コロナ禍が収束した後も企業の採用マインドは氷解しないだろうとBBT大学院・大前研一学長は予測します。

【資料リンク】2021年度の雇用動向に関する企業の意識調査 —— 帝国データバンク


コロナ禍由来の「就職氷河期」が到来するのか?

コロナ禍の長期化で新卒採用を見送ったり、採用人数を大幅に縮小する企業が増えている。感染拡大の直撃で苦境が続く観光業や運輸業などは採用マインドが完全に凍てついて、旅行業界トップのJTBは社員の2割に当たる6500人の人員整理、国内店舗の4分の1に相当する115店舗を閉鎖するとともに、2022年度入社の新卒採用を見合わせると発表して、就活戦線に激震を与えた。HISや近畿日本ツーリストも、22年度新卒採用の中止を発表している。

就活生に人気の航空業界も採用を大幅に絞り込んでいる。ANAは毎年約3000人前後を新卒採用してきたが、2021年度入社は600人程度の採用に抑え、2022年度はさらに大幅に縮小して200人程度を予定している。JALは2022年度の新卒採用の見送りを決めた。

JRと私鉄大手主要18社すべてが2021年3月期決算で最終赤字になった鉄道各社も、新卒採用を縮小する方向で調整が進んでいる。

観光、輸送、飲食などのサービス業ならずとも、コロナ禍の直撃を受けた多くの企業が、2021年度の新卒採用を抑制したため、過去10年上昇基調だった大学生の就職内定率は大幅に悪化した。コロナ禍の収束が見通せない2022年度も引き続き新卒採用の抑制が見込まれていて、コロナ由来の「就職氷河期」到来を指摘する向きもある。

テレワークの普及がアウトソーシング(外部委託)化を加速

では、新型コロナが収束して企業の採用マインドが氷解すれば、新卒マーケットが以前のような売り手市場に戻るかといえば、これは難しいと思う。

理由の一つは、会社の業務を代替するアウトソーシングが非常に充実してきたことである。米国のoDesk(オーデスク)、日本で言えばクラウドワークスのようなクラウドソーシング企業を活用すれば、必要とする業務、職務に適った人材を世界中からマッチングできる。米国はシステム開発のほとんどをインドはじめベラルーシ、ウクライナ、フィリピンなどの安価で優秀なプログラマーに発注しているし、「ナインシグマ」など技術者のプラットフォームを経由して、研究開発職さえアウトソーシングしている。日本でもリモートワーク専任の人材派遣業を営むキャスター(本社宮崎県西都市)などの会社を活用する企業も増えてきている。

地引き網のように新卒を一括採用するのは、日本特有の人事雇用制度だ。優秀な人材を囲い込んで、採用の手間とコストを低減できる。さらに言えば終身雇用、年功序列という日本型経営システムとの折り合いも良かった。

しかし終身雇用や年功序列が崩壊し、人事制度が能力主義や成果主義に徐々にシフトしつつある中で、新卒一括採用の見直しが議論されるようになった。事実、2018年には経団連(日本経済団体連合会)から新卒一括採用・終身雇用に関する問題意識が表明された。

自社に社員を抱え込んで5年、10年かけて、人事異動を頻繁にやりながら、自社にだけ精通した会社員を養成していくよりも、たとえば経理なら経理のエキスパートを一定期間派遣してもらったほうが合理的だということに、日本企業が気づき始めたのだ。技術の発達によって外部にアウトソーシングしても何ら矛盾や支障が生じないほど仕事が平準化し、アウトソーシングすることを厭わない職場環境になっている。

さらに、新型コロナの蔓延防止からテレワークが推進されたことも、アウトソーシング化を加速させている。オンライン会議システムZoomなどの活用が進んでいるが、社員をフルタイムで在宅勤務させるくらいなら、もっと能力のあるエキスパートに時間単位で業務を委託したほうがずっと仕事のパフォーマンスは高くなる。

テレワークに加えて、AI(人工知能)やRPA(ソフトウェア型ロボットによる業務の自動化)が普及し始めているから、正社員の採用を減らしてアウトソーシングを進める企業は増加していくに違いない。

正社員には然るべきスキルや実績が求められる

この話は新卒採用だけに留まらない。コロナ対策として在宅勤務をやり始めて、「満員電車で通勤しなくてよくなった」と喜んでいる人は、これから仕事を失うかもしれない。会社に出社しなくてもできる仕事というのは、大抵は能力とスキルのある人なら誰でもできる仕事だということだからだ。テレワークが普及すればするほど、誰にも負けないスキルがないか、実績を残しているのか、といった点がますます求められるのだ。

新卒採用の場面でも、「自分はこれができます」という売り込みがさらに必要になってくる。しかし、日本の大学はすぐに使える実用的な知識を教えていないから、大卒人材は「使えない人材」だと評価され、採用を見送られ始めるだろう。もっと言えば、大卒よりも、高専や専門学校で使えるスキルを身に付けた人のほうが、企業から声がかかりやすくなっていくだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年4月30日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。