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大前研一メソッド 2021/04/26

なぜ、みずほ銀行はシステム障害を繰り返すのか?


大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部


みずほ銀行は2021年2月28日から3月にかけて、立て続けに大規模なシステム障害を起こしました。みずほ銀行は2002年と2011年にも大規模なシステム障害を起こしています。信頼回復を期し4000億円以上を投じて勘定系システムを全面刷新したみずほ銀行ですが、それにもかかわらずどうしてシステム障害を繰り返すのか。システムを「oneみずほ」に一本化できていないという根深い問題をBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

「自分達はテクノロジーの会社だ」という認識が希薄

みずほフィナンシャルグループ(FG)と傘下のみずほ銀行は2021年4月5日、同年2月末から立て続けに発生した一連のシステム障害の原因分析と再発防止策の対応状況について中間報告を公表した。

ATM(現金自動預払機)に挿入したままキャッシュカードや通帳が戻らないなどのトラブルについては、同年3月1日の段階でみずほ側は非を認めていたが、今回の中間報告では、外貨建て送金をめぐる障害について、システム構築を請け負った「日立製作所側の機器の故障が一因だった」と指摘している。

ということで、原因は運営側とシステム供給側の双方にあったとし、再発防止のために、システム開発部門の人員の増強やトラブルが生じた際の顧客対応を迅速に行うなど危機管理体制を強化する。

金融庁の統計によると、米国の大手銀行は全従業員に占めるITエンジニアの割合が30%なのに対し、日本は4%にとどまっている。

確かに、米国のゴールドマン・サックス系の投資銀行は、10年以上前から積極的に技術者を採用している。現在も新しく採用する人材の半数以上はエンジニアだ。それも、かなりレベルも給料も高い。

一方、日本の金融機関は「自分達がテクノロジーの会社だ」という認識が希薄であり、高度化するITの運用や新たな事業モデル構築につながる投資が、欧米の金融機関に比べて低い。

合併前の出身母体の銀行別に、ITベンダーが勢力を争う

それ以上に問題なのは、金融機関に出入りするコンピュータシステムの供給会社が、“ITゼネコン”と化し、「システム構築の仕事を絶対に失いたくない」と考えていることだ。

みずほ銀行の場合、旧富士銀行、旧第一勧業銀行、旧日本興業銀行の旧3行の牽制関係が解消しないまま、第一勧業銀行が利用していた富士通、富士銀行が利用していた日本IBM、興銀が利用していた日立製作所のシステムを存続させる形で統合した。第一勧業銀行は合併後20年経っても第一銀行と勧業銀行の母体別の葛藤が収まらなかったが、今回も「oneみずほ」と言いながら、いまだに出身母体別の勢力争いがシステムの面でも影を落としているのだろう。

その結果、2002年4月の統合初日からシステム障害を起こし、約250万件の口座振り替えなどで遅れや誤処理が生じた。2019年までに4000億円超をかけて「MINORI」という基幹システムに全面刷新を行い、さらにNTTデータも加えたが、この複雑さがいろいろな障害の原因になった可能性は高い。

根本的な解決策は、ITベンダー一本化だが、みずほにその力がない

ほかのメガバンクは合併の際に運営効率化のため、三菱UFJ銀行は日本IBM、三井住友銀行はNECと基幹システムの主要供給元を合併後の強い勢力を持った側のベンダーに一本化している。三すくみのみずほ銀行のシステムに関しては、日本IBM、富士通、日立とも絶対に離さないだろう。

次世代のもっと速く、もっとすごいシステムにしようというとき、この3社とNTTデータに相談することになる。しかし、基幹システム供給元が唯一考えていることは、「銀行のシステム構築の仕事は失いたくない」ということだけ。だから、相談されても答えは見つからないし、システム障害も起こる。銀行側にも指導力を発揮できるIT専門家がいない。

どこか1つだけに統一しないと、これは直らないと思う。かといって、1社に対して、「それではアナタの会社に任せましょう」となったら、血を見ることになるだろう。

最後に、高度エンジニア人材の確保について。これは日本人に限らず、世界中からクラウドソーシングで募集することを勧めたい。でないと、使える人間は採れない。こちらの方は、基幹システム供給元を統一するよりもはるかに簡単だと思う。

■ビジネス・ブレークスルー(BBTch)の番組「大前研一ライブ」から抜粋。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』 2021年4月18日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。