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大前研一メソッド 2021/05/11

官製コンピュータシステムが動かない理由


大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

官製コンピュータシステムの失敗やトラブルが後を絶ちません。

2021年3月中に始まろうとしていた、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が、同年3月末になって突如先送りされました。厚生労働省によれば、先行して試験的に運用が始まった医療機関で、患者の情報が確認できないなどのトラブルが相次いでいることが理由です。

官製コンピュータシステムの不具合はマイナンバーにとどまりません。2020年2月3日、新型コロナウイルス対策のスマートフォン向けの接触確認アプリ「COCOA」について、「新型コロナ陽性者との接触通知が一部のユーザーに送られない不具合があった」と厚生労働省が発表しました。この不具合は4カ月余りもの長い間、放置されていました。

なぜ、官製コンピュータシステムは動かないのか。BBT大学院・大前研一学長に動かない理由を聞きました。

動かない理由その1:発注者としての知識と経験が政府にない

なぜ政府が開発するシステムは、こんなにも「動かないシステム」ばかりなのか。その第1の理由は、発注者としての知識と経験が政府にないからだ。システム全体の構成を的確に捉える「構想力」がないのも問題だが、それを持つ人材を発注者にしていないことが原因と捉えてもいい。

政治家や官僚は、どういうシステムをつくったらいいかイメージができない。イメージできないのでどうするかといえば、システム開発を請け負う企業、いわば「ITゼネコン」を呼んで、すべてをぶん投げてしまうのだ。これは泥棒に鍵を渡す行為に等しい。

さらに言えば、政治家や官僚がITゼネコンに声をかけると、ITゼネコン側は、役員など立場の上の人が永田町・霞が関を訪ねる。そのITゼネコンのお偉いさんというのは、実はスマホどころかパソコンにすら疎かったりする。彼らが現場で働いていた時代のコンピュータシステムは、PC以前の大型コンピュータなど旧世代のものだからだ。コンピュータは急速に進んできたこともあって、役員クラスは最新のシステム事情についていけていない。

システムについてよくわかっていない者同士がシステム開発を発注・受注しているから、システムの設計図はお互いに描けないまま。そして、できないことを下請け企業、孫請け企業に押し付けていく構造になっていくわけだ。

関連する企業が増えれば増えるほど、システム自体も複雑化していって、全体を把握できる人がいなくなる。だから、不具合を発見することも難しくなるし、マージンを手数料として取っているから開発費は膨らむし、ユーザーにとっても使い勝手が悪いものになるのだ。

コンピュータシステムをITゼネコンに開発させる愚

米国や欧州の企業は、建築業界にせよ、システム開発にせよ、何かをつくろうとするときに「ゼネコン」を呼ぶことはない。欧米企業が最初に声をかけるのは、コンセプトをつくる「デザイナー」である。

日本の場合は、ゼネコンが「100人×5年でできます。費用はこのくらいになります」というレート(人工=にんく)の話をしがちだが、欧米の場合は「こういうコンセプトにして、こういうシステムにしたらどうだろうか。類似のコンセプトだと、こういうシステムをつくった会社がある」といったようにデザインの話になるのだ。

また世界には、CMMI(能力成熟度モデル統合:Capability Maturity ModelIntegration)というものがあり、ソフトウエア開発の手法・プロセスが体系化されている。CMMIは、米カーネギーメロン大学ソフトウエア工学研究所によって開発された、組織におけるシステム開発の能力成熟度モデルで、5つのレベルが規定されている。

これは米国政府等の調達基準として利用されていて、例えば「レベル4以上の企業でないと政府が発注するシステム開発に携わることができない」というようになっているのだ。

だから、ソフトウエア開発企業はCMMIのレベル上げに必死になる。個人レベルでいえば、いわゆるアーキテクチャーまで構想できる「システムエンジニア」がどんどん育っていく。こういうことも1つの背景にあって、米国がソフトウエア大国になっていったわけだ。またインドのソフトウエア大手はコストが安いからではなく、レベル5故に世界中から安心して発注を受けている。

一方で、日本の役人は学生時代はテストができたかもしれないが、文系ばかり。正解・前例がある問題を解くのは得意だが、コンセプトをつくって、システムを設計するという創造力・構想力は貧弱だ。発注側は自分たちでデザインできないから、自分たちの職場に臨時の席を設け、ITゼネコンから派遣されたコンサルタントを常駐させて、システム設計を丸投げするに至るのだ。

動かない理由その2:データベースを役所起点にしてしまっている

マイナンバーが失敗しているもう1つの理由は、データベースが役所起点になっているからだ。

本来は人間(国民一人一人)が起点になってデータベースを構築していかなければいけないのに、「健康保険や年金は厚労省、運転免許証は警察庁、パスポートは外務省、住民票は市区町村……」というように、役所ごとにデータベースをつくっている。役所ごとにシステム発注をして、業者選定をしているから、同じマイナンバーシステムであっても、市区町村ごとに異なるベンダーがシステムを開発している状況が生まれる。

開発ベンダー側も、競合他社に仕事を奪われたくはないから、他社が容易に改修などできないようにシステムをガッチリと構築する。そうなると、システム同士の相性が悪くなり、それを噛み合わせて統合しようとすれば、悪名高いみずほ銀行のシステムのように、いざ統合というと何十年にもわたり苦闘することになるのだ。

そもそも中央集権の日本は、国民データベースとは相性がいいはずなのだ。これが米国であれば、州ごとに法律があり基準が違うから、国全体で国民データベースを運用するのは非常に難しい。

しかし、日本は地方自治と言いつつ、憲法第8章によって地方公共団体は国が決めたことしかできない。従って基準が1つしかない日本の場合、国民データベースは人間起点でつくれば1つのデータベースで済んで、適用する基準も一律同じでシンプルだから、国民データベースの構築・運用は本来はやりやすいはずなのだ。

しかし、12省庁・47都道府県・1718市町村・23特別区などがそれぞれバラバラにシステムを開発してしまっているがために、今のような「費用対効果の悪い」マイナンバーシステムができあがってしまう。これをマイナポータルと言ってバラバラなものを統合すればなんとかなると考えているが、昔からコンピュータ業界で言われているように「ゴミを集めればゴミの山となる」だけの話だ。

日本のシステム開発に必要なのは、ペーパーテストが得意な役人ではなく、システムをデザインする人間である。システムをデザインする人間は、日本人でなくてもいいし、成人である必要すらない。

国内のITゼネコンよりも、クラウドソーシングサービスを通じて世界中にいる10〜20代の優秀な人材につくらせたほうが、はるかに使いやすくて良いシステムが安価にできるだろう。システム開発はアーキテクチャーとプログラミング言語の世界だから、日本のことや日本語を知らなくてもソフトウエアはつくれるからだ。

菅政権は2021年9月にデジタル庁を発足させるそうだが、コロナ対策の失政で支持率低迷が続く中で、どこまで効果的で持続的なデジタル政策を企画・実行できるか疑問である。期待できない政府・自民党のもとでデジタル庁長官になる人物は、貧乏くじを引くことになるだろう。

私が30年ほど前に著した『新・大前研一レポート』(講談社)にある「国民データベース構想」を実行すればいいだけのことなのだから、マイナンバーの誤ちを認めた菅総理と新任されるデジタル庁長官には同書を熟読し、既存のマイナポータルの改修を進めるのではなく、「国民データベース構想」の実現にゼロからあたってほしい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年5月14日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。