BBTインサイト 2019年6月26日

あなたのビジネスに “心理学” を活かす方法〈 第1回 〉[前編]ゆがんだ認知からの脱却のススメ


 
講師: 川上 真史(ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 グローバル経営学科 専任教授 同 大学院 経営学研究科 教授)


ゆとり教育世代と呼ばれる若手社員は、一概に指示待ちでコミュニケーション能力が劣るとされるのは本当なのでしょうか。人間というのは、先入観やイメージに影響されやすい生き物です。これまでの体験によって無意識に蓄積された偏った視点は、決め付けなど過度の一般化や思い込みによる選択的な抽象化をしがちです。心理学の研究は、それらのゆがんだ認知によって見えなくなりがちな「隠れた判断の層=Hidden層」に着目し、理論の誤りや論理の流れを正し、起きている現象に正しく迫ることができます。

かつては時間や労力がかかった心理学的研究も、いまや機械学習が深化したAIの普及で飛躍的に進化しています。専門家でなくても心理学的な調査研究は十分に可能ですし、その観点や成果は企業にとって大きな利用価値を持つはずです。


1.誤解だらけの心理学

まずみなさんは、「心理学」と聞くとどのようなイメージ持ちますか? 実は心理学は極めて誤解の多い学問だと思います。まず、こういう誤解があります。

●心理学を学ぶと、相手の心が瞬時に見抜ける
これはだいたいの方が思っているのではないでしょうか。心理学を「読心術」だと思っているのでしょう。私が心理学専門だということを言うと、「では私が今何を考えているかわかりますか?」などとよく言われますが、わかるわけがありません。むしろ、こういう人は絶対にこうです、などと言う人は、心理学の専門の方ではないだろうと思います。そんなものはわかるわけがないからです。

●心理学のスキルで人を自由に動かせる
これからは心理学を勉強しなければと言っている方になぜかと尋ねたところ、「心理学では、こうやれば人はこう動く、というような理論がたくさんあり、それを心理学者は知っていて、我々はまだ知らない。だからそういうものを勉強して身につければ人を自由に動かすことができるのではないか」とおっしゃるのです。心理学はそうやって人を動かすことを目的としていませんし、どうすれば動いてくれるのかは、人によって違うというのが基本です。


●心理学=カウンセリング
割と多くの人たちが心理学という言葉でイメージするのは、カウンセリングだと思います。大学で心理学を教えていた時も、カウンセラーを目指している学生がたくさんいました。しかし、産業心理学や社会心理学を始め、カウンセリング以外にも心理学には様々なことが含まれます。


●そもそも心理学はインチキ
心理学で言っていることはインチキだと言われることがありますが、それは、「心理術」などと言って心理学者を騙る人が言っていることだと思います。また、この前ある本屋に行って心理学の専門書を探していたら、なんと占いコーナーに置かれていたのです。そういうものだと思われているようです。しかしこれは、心理学を専門とする人間がきちんと心理学というものを世の中に広めていないということになるのかもしれません。

こういった誤解が多い心理学ですが、ではそもそも心理学とは何なのでしょうか。

2.心理学=「心の『理学』」でわかること

皆さんは普通、心理学をこう考えると思います。

「人間の『心理』を探求し考える学問」

人間の心理というものを探求していこう、人間の心理とは一体どういうものなのかを考えよう、といった感じです。ですから先ほど申し上げたように、読心術のようなものであるとか、怪しげなもののように思われるのでしょう。明治時代の哲学者であり教育家だった西周(にしあまね)が、ドイツ語である「Psychologie」を「心理学」と翻訳したのですが、彼は実に正確に訳しているのです。心理を探求する学問ではなく、

「心の『理学』」

このような意味で心理学と翻訳しています。「理学」は今の言葉に変えると「科学」です。人間の心を、もう一度科学的な見地から、科学的研究手法を適用させてしっかりと見ていきましょうというのが、心理学の基本なのです。

例えば、よく「一人っ子は甘えた子になる」と俗説で言われますが、では本当に科学的な見地から見て一人っ子が甘えた子になるのかどうかと考えていきます。要はきちんとした絶対量のデータを集め、そのデータをきちんと解析し、自分の思い込みや意見を取っ払ったときに、一人っ子で育った子は兄弟がいる子よりも甘えるというパーソナリティ傾向が明らかに高くなっているということを実証できるか、それやってから言おうよというのが心理学の基本的な姿勢です。

ですから先ほど紹介したように、「今私が何を考えているかわかりますか?」という問いはわかるわけがないのです。なぜならその方に対する絶対量のデータを何も取っていないからです。データを取っていってきちんと解析をしていけば、もしかしたらあなたはこういうときにこういうことを言う確率が高いということは言えるかもしれません。心理学を学んでいると、単なる俗説や特定の考えに惑わされませんし、振り回されません。心理学はこういう考え方のものなのです。


3.あなたにも当てはまる? HIDDEN層に隠された判断のゆがみ

ゆとり教育世代について、企業ではよく「コミュニケーション能力に劣る」、「指示待ちで主体性に欠ける」、「自分で考える力が低い」といったイメージで捉えられています。

しかし、たとえば自分が「今のゆとり教育世代はこうだよね」と思っていると、千人のうち、極端な話、1人だけにこのような傾向があったとしても、「ほら見ろ、やっぱり今の若い奴は」となってしまうわけです。事実として今の若い人にこのような傾向があるのかどうかということは置いておいて、こういう会話がよく居酒屋などでされていませんか? データも取らず、調査もせず、解析もせず。この様に人を見てしまうと、人材の効果的な活用や育成、動機付けなどにものすごく障害が出るわけです。採用でも見誤りが出てしまいます。下手をすると今の若い人たちを潰してしまうかもしれません。ですから、イメージだけで捉えるのではなく、きちんと解析をしようということなのです。

さて、人間がこういう見方をしてしまうのはなぜでしょう。

例えば、採用面接の際、ドアをノックして入ってきたときに「○○と申します。よろしくお願いします」と大きな声で挨拶してきます。そして、きれいな字の手書きの履歴書を出してきた、さらにきちんと面接官の目を見て話をしてくるとなると、今どきの若い人にしては良い青年だということで「採用OK!」と、この程度のイメージで判断するケースもあるのではないでしょうか。

「大きな声で挨拶する」「字がきれい」「相手の目を見て話す」をINPUT層、「採用OK」をOUTPUT層とすると、実は、人間の頭の中にはこの間に様々な判断が混在しているのです。それをHIDDEN層と呼びます。

例えば、自分は大きな声で挨拶をしろと子どもの頃から習った、字で人間性は判断されると言われた、あるいは相手の目を見て話をしないと怒られてきた、というようなこと。さらには、そういうことをきちんとやる人とはこれまで良い関係をつくることができてきた、自分と関係が良くなる人は良い人だ、というような次の階層の判断もあるわけです。

INPUT層とOUTPUT層は周りから見ても分かります。しかし、HIDDEN層というのは、周りからは見えない部分です。また、このHIDDEN層では、本人にとってもほぼ無意識のうちに頭の中パッパッと判断されているのです。もう1つの大きな問題は、人間の大脳の中に蓄積されているこのようなデータ、たとえば、自分とよい関係の人はよい人だったというようなデータには、偏りがあるということです。欠落も相当あります。

ですから、HIDDEN層での判断やそのつながりを、もう1回きちんとデータを取って、それをすべて数値化し、解析していく必要が出てきます。要は心理学とは、「HIDDEN層の論理に間違いはないか」、「HIDDEN層の論理の流れでより正確なものは何か」、また、「INPUTから効率よくOUTPUTを導く方法とは何か」を研究しようとしている学問なのです。

一般的に思われている心理学と、だいぶイメージが違いませんか? 次回は、大勢が同じ目標に向かって動く企業経営における、心理学の研究手法や分析内容の効果的な活用を紹介していきたいと思います。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2018年6月25日に配信された『『企業と心理学 01』』を編集したものです。


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講師: 川上 真史(かわかみ しんじ)
ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 グローバル経営学科 専任教授、同 大学院 経営学研究科 教授、Bond大学大学院 非常勤准教授、株式会社タイムズコア代表、明治大学大学院兼任講師、株式会社ヒュ-マネージ 顧問。
京都大学教育学部教育心理学科卒業。産業能率大学総合研究所、ヘイ・コンサルティンググループ、タワーズワトソン ディレクター、株式会社ヒューマネージ 顧問など経て、現職。
数多くの大手企業の人材マネジメント戦略、人事制度改革のコンサルティングに従事。

  • <著書>
  • 『コンピテンシー面接マニュアル』
  • 『できる人、採れてますか?―いまの面接で、「できる人」は見抜けない』(共著・弘文堂)
  • 『仕事中だけ「うつ」になる人たち―ストレス社会で生き残る働き方とは』(共著・日本経済新聞社)
  • 『会社を変える社員はどこにいるか―ビジネスを生み出す人材を育てる方法』(ダイヤモンド社)
  • 『自分を変える鍵はどこにあるか』(ダイヤモンド社)
  • 『のめり込む力』(ダイヤモンド社)
  • 『最強のキャリア戦略』(共著・ゴマブックス)など