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大前研一メソッド 2020/03/02

米大統領選。トランプ氏にとっての最大の強敵はブルームバーグ氏か?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部



2020年11月に行われる米大統領選に向けた民主党候補者の公認指名争いが激化しています。2月29日、南部サウスカロライナ州で、予備選挙の第4選が行われ、ジョー・バイデン前副大統領(77)が勝利しました。
トランプ米大統領と本選挙を戦う民主党候補は誰になるのか。遅れて出馬表明したマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長(78)を、トランプ米大統領は最も警戒しているのではないかとBBT大学院・大前研一学長はみます。

当初こそ下馬評の高かったバイデン氏は落ちた偶像

これまでに行われた4州(アイオワ、ニューハンプシャー、ネバダ、サウスカロライナ)の党員集会・予備選挙のうち、2州(ニューハンプシャー、ネバダ)でバーニー・サンダース上院議員(78)が勝利した。サンダース氏はニューハンプシャーのお隣のバーモント州の上院議員をやっていたので、ニューハンプシャーでの勝利は予想できた。

サウスカロライ予備選の集計中の段階ですが、これまでの代議員獲得数の累計はダンダース氏58人で首位、下馬評の高かったバイデン氏は53人で2位、ピート・ブティジェッジ前インディアナ州サウスベンド市長(38)が26人で3位となり、撤退を表明した。マサチューセッツ州選出のエリザベス・ウォーレン上院議員(70)は8人と伸び悩んでいる。なお、民主党の代議員総数は3979である。

2019年12月の記事に書いた通り(下記の【資料参照】)、ドナルド・トランプ大統領が軍事支援と引き換えにバイデン氏の次男の汚職捜査をするよう圧力をかけた「ウクライナ疑惑」は、国家安全保障より大統領選に勝つことを優先したトランプ大統領だけでなく、デキの悪い息子を持ったバイデン氏も評判を落として、ダブル・ノックアウトになった。それが予備選の結果に表れているとみる。

バイデンという人は、バラク・オバマ前大統領の下で8年もの間ナンバー2だったのに、目立ったことは何もしていない。それも影響しているだろう。当初こそ下馬評の高かったバイデン氏は撤退が視野に入る展開である。

【資料】トランプ大統領を米下院が弾劾訴追
https://media.ohmae.ac.jp/archive/20191223_komethod_usimpeachment/

遅れて参戦したブルームバーグ氏が伸びてくるか?

今後の焦点は、遅れて出馬表明したマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長が、どこまで伸びてくるかになった。失速したバイデン氏に代わる中道の受け皿として期待され、3月17日に行われる代議員数の多いフロリダ州の予備選に関する世論調査では支持率がトップ。この先、資金力を背景に積極的な広告を展開するブルームバーグ氏が出てくる可能性が高い。

ブルームバーグ氏は、経済誌「フォーブス」の富豪ランキングで、総資産618億ドル(約6.8兆円)で9位(1位はアマゾンのジェフ・ベゾス最高責任者、2位はマイクロソフトのビル・ゲイツ創業者)。選挙活動費はすべて自己資金でまかない、6000億円も投じそうな勢いだ。そんな大金持ちなのに、富裕層増税などトランプ大統領と違って金持ちの味方をしない政策を打ち出している。

トランプ大統領もブルームバーグ氏のことを最大の敵だと思って、ツイッターなどでたたきまくっている。「ミニ・マイクは、金はあるが、ディベートに参加できず、存在感ゼロの負け犬だ」など、「スモール・マイケル」とか「ミニ・マイケル」と、背の低いことをあからさまに卑下した言い方をしている。

さらに、ブルームバーグ氏がニューヨーク市長時代に推進した「ストップ・アンド・フリスク」政策に対してもきつく攻撃している。ストップ・アンド・フリスクは、警察官が路上で疑わしいと判断した人物を呼び止めて身体検査をする行為のことである。

マイノリティーが対象になるケースが多く、2013年に違憲判決が下された後も、ブルームバーグ氏はこの政策を擁護していた。今回、出馬に当たって、「あれは間違いだった」と謝罪の意を表明した。

今後、ブルームバーグ氏はカリフォルニア州など14州で予備選が集中する3月3日の「スーパー・チューズデー」から本格参戦する。トランプ大統領にとっては、経営と政治面ではるかに上の実績がある富豪マイケル・ブルームバーグは頭が痛い強敵となるだろう。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』誌 2020年2月23日と3月1日放映の大前ライブを基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。